海の上に浮かぶ城−9
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アレンが思いの外稼いだ金のおかげで文句の無い昼食を終え、二人は広場から場所を移し、水辺へと足を向けた。
何隻ものゴンドラが行き交う水路。
通常の料金に金貨を1枚足してゴンドラに乗り、神田とアレンは水面とほとんど同じ高さの景色を楽しむ。
入り組んだ路地を歩くのは探検をしているようで楽しかったが、水上の散歩も悪くない。
「わっ、冷たーい」
指先を水に浸けるアレンがゴンドラから落ちないように支えながら、神田は無邪気な恋人の姿に肩の力を抜いた。
アレンには伝えていないが、祭典のある数日間はこの土地で最も警戒すべき期間に当たる。
大多数の人間は純粋に祭典を楽しむ為に訪れるが、いつの時代も無害な異国人に紛れて悪事を企む者は絶えない。
港町という場所は、同じ国内ならば滞在中に問題を起こした船、船員の名が数日以内に国中に知らされて即座に検問が
行われるが、その検問を巧妙に掻い潜る者が極少数だが存在する。
そういった輩は面倒な事に頭が良く、例え捕まって牢獄送りにされる事を前提と考えても街に被害を与えて去って行くのだ。
そんな事を知らずこれだけ土地を満喫するアレンを羨ましくも思うが、この事を初めに話していればアレンのこんな楽しそう
な顔は拝めなかったに違いない。どちらにせよ、事が起これば全力で敵を排除し、アレンを守るだけだ。
神田は『面倒な事にならなければ良いが』と小さく息を吐き、アレンの腕を引いて自分の手前に座らせる。
水の冷たさは十分に堪能したのか、アレンが不服を唱える事は無かった。
ゴンドラを降りて再び路地へと戻り、二人は今夜泊まる宿を探す事にした。
水夫の中にはいつもと同じように船で眠る者もいるが、偶に船を降りるときくらい贅沢をしたいという者もいる。
神田も今までは祭典を見回った後自分のキャビンで寝ていたが、今回は初めから街に宿を借りるつもりでいた。
「どこに泊まりましょうか・・・」
「その前に、市に戻ってラビを捕まえる。金が無けりゃ泊まれねェだろ」
「これだけ人がいたらラビを探すのに時間が掛かって宿がいっぱいになるかも知れませんよ?それに、お金ならあります」
ほら、と所々硬貨の形に凹凸を見せる麻袋を取り出した表情は邪気の欠片も無い笑顔。
一文無しの神田の瞳にはどうも虚しく映る。
船長を務める自分の懐の広さを見せびらかすつもりは無いが、それでも恋人に宿代を払わせるのは年上としてもどうかと
思うのが本音で、神田は自分の財布をくすねて行った航海士に小さく―――怨みを込めて―――舌打ちした。
せっかくアレンが稼いだ金で無駄に高い宿に泊まるわけにもいかず、手頃な値段の宿を探すことで神田は妥協した。
もちろん、今回の宿代は後から食事代も含めてラビに払わせるつもりで・・・。
―――――――――ドンッ!!
「わぁっ!?」
少し後ろを歩いていたアレンが悲鳴に近い声を上げ、神田は咄嗟に帯刀していた六幻に手を掛ける。
だが一瞬の緊張感を溜息一つで流し、突然の衝撃に固まっていたアレンの肩を軽く揺らした。
「おい、下だ。下」
促されて恐る恐る首を巡らせれば、自分の腰に両腕を回してしがみついている少年が一人。歳は10歳前後だろうか。
二カッと笑った表情は快活そうで、アレンは跳ねる鼓動を抑えて少年の目線に膝を折った。
ずい、と目の前に差し出された一輪の花に首を傾げれば、少年は頬を上気させて声を張り上げた。
「さっき広場ですげーキレェな歌唄ってただろ?皆はお金入れてたけどさ、俺母さんから買い物頼まれて・・・そのお金を
上げるわけにはいかなかったんだ。だからこれ!店の裏庭で摘んできた花だから価値は無ェけど・・・・」
「―――ッ、ううん!!そんな事無いよ!凄く嬉しい・・・っ」
アレンは棘の無い薔薇を受け取り、その薄紅に負けないほど綺麗な微笑を浮かべる。
渡したと同時に少年の手が引っ込み、照れくさそうに俯く。アレンは驚きと嬉しさの余り少年の手を見ていなかっただろう
が、目敏い神田はしっかりと自分より一回り以上小さい手にいくつもの傷痕がある事に気付いていた。
アレンの手が傷付かないようにと薔薇の棘を一つずつ取った健気な少年を冷めた瞳で見下ろし、眉根を寄せる。
クダラナイ。そう冷静に片付けようとしても、一度芽生えた苛立ちの感情の名は神田の頭から簡単には離れてくれない
らしい。
自分自身を煩わしいと感じ始めた神田はグシャリと髪を掻きあげ、どうにか思考を捻じ曲げようと談笑し合う二人に声を
掛けた。
「今夜の宿はどうする気だ?」
「あっ、忘れてました・・・」
「え?宿?アレンこの街に泊まるの?」
「うん、明日にはまた航海に出るんだけど・・・そうだ、ジャン!安くて素敵な宿屋知らない?」
いつの間に呼び捨てをし合う仲になったのか、つい問い質しそうになる気持ちを抑え込み、「ジャン」という名の少年を見遣る。
「あるよ!!俺の家がそう!!宿屋なんだ!」
へへっと誇らしげに言うジャンに商売人の底意地の悪さは見えず、神田は肩を竦めて自分の反応を窺っていたアレンに
了解の意を伝える。するとアレンの表情は明るさを増し、ジャンに向き直って勢い良く頭を下げた。
「今夜一晩、お世話になります!!」
「うんッ!アレン達まだ街見て回るんだろ?店までの地図書いてやるよ!!」
嬉しそうに言うジャンの申し出を受け、神田とアレンは脇に置かれていた樽の上に座って待つ。
路地の入り組んだ街の中を紙一枚で説明するのはなかなか大変なのか、しばらく待っていると、かなり細かい部分まで
描かれた地図が渡され、二人は感嘆の息を吐く。
地元の人間とはいえ、ここまで綿密に描かれている地図ならば観光用に売り出しても良いくらいだ。
「あー、兄ちゃんにはまだ言ってなかったよな。俺、ジャン。兄ちゃんは?」
「・・・神田」
屈託の無い笑顔を向けられ、「お前の名前はとっくに知っている」とは言えずに多少戸惑いながらも質問に答える。
珍しい名前だなぁという感想を受け、特に気に留める事無く受け取った地図をヒラヒラと振った。
「悪いな」
「大したモンじゃないよ!・・・あれ?あいつ何処行ったんだろ・・・」
キョロキョロと辺りを見回すジャンにアレンがどうしたの?と訊ねれば、困ったような微笑が返された。
「友達も紹介しようと思ったんだけどさ、アイツすぐどっか行っちゃうんだ・・・・宿に来たら紹介する」
「会うのを楽しみにしてるね」
呆れたように肩を落としたジャンに微笑みかけ、少し前に歩き始めていた神田の背を追う。
何度か振り返っては手を振り、角を曲がりジャンが見えなくなった頃、アレンは自分から神田の手に指を絡めた。
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一週間以上更新しなくてスミマセン・・・。
海上浮城は考える事が多すぎて、なかなか纏まらないんです。
歌も考えていたら更に・・・。『水の都』編でもう1回くらい唄わせたいんですが。
また番外編も作りたいし。・・・いつ終わるんだろう・・・・・・海賊話。
あぁ、そうか。海賊らしい事しない内は終われないのか。
canon 06 03 31 fri