海の上に浮かぶ城−10

一頻り買い物を楽しんだ二人は、陽の沈む方へと足を進める。 石畳の街はまだ賑わいをみせていたが――――寧ろ、大人の時間はこれからだろう――――、アレンと神田は昼間に 出会った少年、ジャンが作ってくれた地図を頼りに、彼の両親が経営している宿までの道のりを歩いていた。 橙に光る陽が立ち並ぶ家や入り組んだ路地を照らし、路地の角で屈折する光加減は言葉に出来ないほど鮮やかだ。 この街で暮らす人間には見慣れたものかも知れないが、初めてこの地を踏んだアレンにとっては、太陽という自然の 輝きで華やかになる夕暮れの街を賞賛せずにはいられなかった。 「凄い・・・何だか、泣いちゃいそうです・・・・」 太陽の光を眩しがって潤んでいるのだろうと思っていたアレンの瞳にはどこか恍惚とした色があるのを見て取り、アレ ンの零れるように落ちた言葉の意味もしっかりと理解した上で神田は肩を落とした。 「お前は何回ここに来ても同じ事言うんだろうな」 「そうですね・・・そうかも知れません」 軽く揶揄したつもりが、あまりに幸福そうな微笑と言葉を返されてしまった。 芸術並みの街に見入る余り、路の段差に気付かず転びそうになったアレンを支えて呆れの溜息を一つ。 えへへと笑うアレンからふと視線を逸らした神田の視界に、路地を横切る太陽によく似た橙の髪が飛び込んだ。 一瞬、けれどあの鮮やかな色の頭は一度見たら簡単には忘れられず・・・それが長年悪友をやってきた相手ならば尚更 だった。 アレンを支える為に掴んでいた右手は帯刀していた『六幻』へ。 当然アレンは小さな悲鳴を上げて地面と仲良しになったが、今の神田にはただ一人の『獲物』しか目に入っていなかった。 「――――ッの、クソウサギ・・・!!」 「え?神田ッ?」 軽く打った膝を擦っていたアレンは、神田の口から怒りと憎しみを込めて叫ばれた名を聞き、顔を上げる。 名を呼ばれた事でつい歩みを止めてしまっていた【黒耀】の航海長と目が合ったので手を振れば、普段船の上で航路の 指揮を船長に伝える時の凛々しさは何処へやら・・・・ラビは神田の存在に気付いた瞬間、クルリと踵を返した。 「後で返すつもりだったんだってぇええ!!」 「今なら蹴り数発で見逃してやる!!!!」 神田の蹴りを見た事は無かったが、あの気迫で迫られればそれなりの威力はありそうだった。 膝に付いた土をパンッと手で払い、アレンは常日頃から海の上で生活しているとはとても思えない程足の速い2人の後を 追う。 けれど擦れ違う人にぶつからないようにと気を配っていた所為で、角を一つ曲がったところで2人の姿は無くなっていた。 「僕も足速くならなくちゃ・・・」 途方に暮れて辺りを見回せば、曲がるべき路は四択。 左は遠くで大勢の人の声がする、おそらくは酒場などの路地。 そのすぐ隣にある路は屋台が並んでいて、少し離れている細い裏路地には怪しげな人達が談笑をしていて、アレンは後退る。 最後は右手にある割と拾い路地なのだが・・・他の路とは違い、随分と静かで人の通りも少ない。 賑やかな事が大好きな反面、静かな事を好むアレンにとっても好印象の路は・・・この時、何故か不自然で恐ろしかった。 まるで「こちらへ来い」と言われているようで怖くなり、アレンは豪快な笑い声のする一番左の路を選んで振り返る事無く走った。 「気付いたんじゃないのぉ?」 アレンの背が見えなくなる頃、閑散とした路地の角から一人の少女が棒付の飴を嘗めながら呟いた。 アレンの足音が聞こえなくなる頃、褐色の肌をした青年が口端を上げて呟く。 「・・・まぁ、焦る必要も無いだろ。祭りぐらい楽しませてやれば良いじゃないか」 「ふぅん・・・・・もう1回聴きたかったなぁ、アレンの歌」 「しばらくすれば、1日中だって聴けるようになるさ。もう少し待ってな」 少女の頭をクシャクシャと撫で、青年は歩き出した。 アレンを手に入れようとする言葉を吐きながら自分を優しく撫でた兄を見上げ、本能的にこの路を避けたアレンを思い出す。 今の兄は『白』いけれど、先程までは『黒』かった。 「焦る必要は無い」と口では言いながら、本当はアレンが走り去るギリギリまで捕らえようか悩んでいた事を少女は知っている。 (白と黒の気紛れが面白いんだよねぇ、ティッキーは) 「ロード、置いてくぞ」 はぁい、と間延びした返事を返し、ロードは兄の背を追う。 その口許には、深い笑みが刻まれていた。 「っ、やっぱ、ユ、足速ぇ・・・」 「ったり、めぇだ・・・船長ナメてんじゃね、ぇ・・・ッ」 陽がほとんど沈んだ頃、神田とラビは街の外れの路地でゼェハァと深呼吸を繰り返していた。 あの後、2人は屋台の並んでいる路を走り抜け――――うち、何件かは被害を被った――――、言い争いを続けながら結局 は石段に躓いたラビが首根っこを捕獲された。何とも運の悪い話だが、自業自得というより他に無い追いかけっこの結末だ。 神田は呼吸を整え、捕まえた際に一発殴っただけでは気が済まなかったのか、一呼吸置いて地面に座っていたラビを軽く蹴る。 大人しく制裁を受けたラビに舌打ちし、神田は振り返って少年の名を呼んだ。 「モヤシ、宿に行く・・・ぞ?」 すぐ後ろにいた筈の少年の姿が見えず、神田は何度か声を張り上げて名を呼ぶ。 すると、ようやく呼吸を整えたラビが地面に寝転びながらボソリと呟いた。 「アレンならついて来てねーさ」 「・・・・・・何だと?」 「俺等が速過ぎてついて来れてなかったじゃん。ユウ、振り返らなかったさ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ、の・・・!!」 クソウサギがぁぁあぁあああ!!!!  back next
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