海の上に浮かぶ城−5

冷たい床、錆びた臭い、ギリギリと痛む手足。 目が開いて初めに感じる事が出来たのはその3つだけだった。 「っ、う、ぁあ、あ」 身体をどうにか動かそうとしてみたが、捩った左腕に酷い痛みを覚えて息すらまともに出来なくなってしまう。 酸素を肺に取り込もうと必死になってみても、酷い鉄錆の臭いが充満したこの場所の空気はアレンの肺に害を及ぼすだけ。 思い切り深呼吸がしたいというささやかな願いさえ叶わぬまま、今度は極力呼吸をしないように努めなければならなかった。 起きたばかりだというのに痛みに朦朧とする頭を叱咤し、自分の身に起こっている状況を出来るだけ知りたくて、 この場所を把握しようと奥歯を噛み締めながら寝返りをうつ。 仰向けになる事すら辛かったが、それでも小さな窓が天井に見えて僅かに微笑んだ。 闇を照らす月がそこには在り、あれからかなりの時間が経っている事が知れる。 「かんだ」 呼んでみても、神田はここにいない。 黒耀の船室で抱き締められて眠るのは少し気恥ずかしかったけれど、こんな場所に比べたら天国のようだったと思う。 広くは無いし、男二人が眠るには狭いベッドでも、安心して眠れる場所だったのだ。 でも今はそんな記憶すらも遠くて、アレンの瞳から絶え間なく涙が落ちる。 (あいたい・・・・・・会いたいよ・・・) こんな事になるなら神田が女と戯れるくらいの事で店を飛び出すのではなかった、と、アレンは自身の失態を嘆く。 今頃自分を捜しているだろうか、それとも自分の事など思い出すことなく娼婦と・・・・・・。 そこまで考えて、アレンは悔し涙と嗚咽が零れそうになり唇を噛む事で堪える。口の中に血の味が広がったが、構わなかった。 ガチャリ、と音がして誰かが部屋の中に入ってくる。 自分を襲ったどちらかの男だろうと判ってはいても、襲ってくる恐怖に変わり無い。 「よう、起きたかい?」 言葉と同時にビュンッという音がして、一瞬遅れてガラスが割れたような音がした。 つい数時間前ほどに与えられた痛みと恐怖を思い出し、アレンの身体は自然と震えを呼び起こす。 どれだけやられたとしても永遠にあの痛みに慣れることはないし、きっと忘れる事もできないだろう。 「お嬢ちゃんの貰い手が多くてよぉ、まぁ出来るだけ高く買ってくれるとこにしてやるさ」 お綺麗な顔と瞳、不釣り合いな白髪は貴族の娯楽に持ってこいだからな、と。 不気味な笑い方をする男に絶え間なく恐怖を感じながら、アレンは必死に言葉を紡ごうと震える唇を動かした。 「ぼ、くは・・・」 「あぁん?」 「僕は、女じゃありません・・・・・・っ」 ようやく言えた一言の後、数泊置いて息を呑む音が聞こえた。 ガタンと何かが倒れる音がして男がアレンの胸座を掴み、前合わせの紐を引き千切ってアレンの胸を露わにする。 もしかしたら女よりも白く艶めかしい肌だが、女特有の膨らみが無い身体は明らかに男のもの。 アレンは次いで何をされるかも解らない状況に震え上がるが、男はジッと見つめ、突然笑い出した。 何が可笑しいのか、とてもとても楽しそうに笑う男に今まで感じた以上の嫌悪感が沸き上がる。 「いやぁ、そうかそうか。お前男だったのか・・・・・・ククッ、ハハハッ!こりゃいい!!」 月明かりに浮かび上がった男の瞳を、アレンは知っていた。 自分がいた娼館にも、神田達が赴いた娼館にも、その瞳は多く存在していたから。 情欲に飢えた、獣の――――――――。 「それじゃあ、たっぷりと楽しませて貰おうじゃねぇか。怖がるなよ・・・俺は女より男の扱いの方が上手いんだぜ?」 露わになった胸に男が顔を埋め、すぐにねっとりとした物が素肌を這う。 それが舌だと気付いたとき、アレンの銀灰色は大きく見開かれ、意思とは無関係に涙が溢れた。 声を出す事すら出来ない。絶対的な絶望と恐怖。 このまま犯されるのだと思ったら、いっそ舌を噛み切りたい衝動に駆られる。 鎖骨の辺りまで這ってきた舌に首筋をきつく吸い上げられ、ニタリと笑った口許が跡を付けたのだろうと分かった。 (か、・・・だ以外の、人に・・・) 屈辱と哀しみで視界が歪む。 (カンダ以外の男に、抱かれるくらいなら・・・・・・) 会えるものならば、最期に彼の顔が見たかった。 神田の顔を見たかった。 荒い息を耳元に感じてズボンが脱がされそうになり、アレンが自分の舌に歯を食い込ませた刹那、 「俺たちも混ぜてくれよ」 「っ、誰だ!!?」 聞き慣れた声。いつも聞いている声音より低く感じたが、それでも安らいでしまう声にアレンは開け放たれた扉に視線を移す。 美しい刀身を掲げた漆黒の人。 そのすぐ後ろには航海長であるラビの姿が見え、アレンの位置からでは判らないが、おそらく水夫達もいた。 「かん・・・だ・・・・・・?」 夢では無いだろうか。 自分の上からフッと重みが消えて、次いで男の悲鳴が聞こえた。 何も理解出来ぬまま背中に手を添えられて身体を起こされ、手足を縛っていた縄が床に落ちる。 それらを呆然と眺めていたアレンの瞳に、やがて一人の青年が映る。 「モヤシ」 それは自分の本当の名では無いけれど、優しく呼ばれ、アレンはどうして良いか分からなくなった。 抱き付きたいけれど、身体はどこも痛くて、特に左腕など僅かでも動かせば死んでしまいそうなくらい痛くて。 何も言葉に出来ずにいるアレンの大きな瞳からこぼれ落ちる涙を、神田は優しく拭ってやる。 額にキスをして、目元に移り、舌先で涙を舐める。 つい先程まで男にやられていた事と変わりのない行為だというのに、アレンの心は酷く安心した。 「もう大丈夫だ」 「ぅ、っ、か・・・だっ・・・・・・」 自分から抱き付けないアレンを神田の両腕が優しく包み込み、ふと左腕に視線を移す。 ビロードに付いていた血より実際に傷付いた左腕は浅くではあるが皮膚が裂け、相当な痛みを感じていると一目で判った。 きっと、完全には治らないという事も。 はだけられた胸元、首筋に残る赤い跡。アレンがこの男から与えられた恐怖がどれ程のものか。 「ラビ」 左腕に障らないようにアレンを抱き上げ、先程殴り飛ばした男の首にナイフを突き立てようとしているラビに声を掛ける。 ラビの他にも周りは選りすぐりの水夫に囲ませているので、男が逃げる事は万が一にも有り得ない。 呼ばれた彼はすぐに立ち上がり、痛々しそうに眉を寄せてアレンの頭を優しく撫でた。 「おかえり、アレン」 「・・・っ、た・・・・・・だぃ、ま・・・」 途切れ途切れでも一生懸命に言ったアレンに穏やかな微笑みを浮かべ、全ての決定権を持つ神田に視線を移す。 神田がアレンに理解出来ないように祖国の言葉で指示を与えると、ラビはニッコリと笑って頷いた。 「かん、だ・・・」 抱いているアレンの声が熱っぽいことに気付いた神田が額同士を合わせれば、案の定、高熱を出していた。 おそらく、極度の緊張と左腕に負った傷の所為だろう。 朦朧としながらゆっくり瞼を閉じたアレンを確認し、もう一度キスを・・・今度は唇に落とした。 「ひっ、ゆ、許して!許してくれぇえぇええ!!」 泣き叫ぶ男はだらしなく失禁し、涙と涎と鼻水で濡れた顔は見るも耐えがたいほど汚らしい。 神田が近付くと、周りにいた水夫は神田の為に道を開いた。その神話を思い出させる光景に、男が神田を見上げる。 けれどそこにいたのは神話の中の神ではなく、神すらも恐れぬ海賊、黒耀の船長。 「た、たすけ――――――ふ、ぐっ、がはっ!!」 恐ろしい速さで鳩尾を数回蹴り上げられ、男は失神した。 だがたったそれだけの仕打ちに神田が満足する筈もなく、足を下ろして周りにいた水夫を見据えれば、 その全ての双眸が不穏気に細められている事に神田はフッと口許を緩め、凛とした声で言葉を紡いだ。 「俺はコイツを連れて船に戻る。外に転がっているもう一人と一緒に、たっぷり可愛がってやれ」 眠ったアレンを思ってか、気の利く水夫達はいつものように馬鹿でかい声で『アイ・サー』と叫ぶ事は無かった。 神田は口許を緩く吊り上げ、その場を去る前にもう一度ラビに「後は頼む」と良い、小屋を離れた。   Back  next  
更新遅くてすみません・・・・・・。 水夫はみんなアレン君が可愛いんです。 何故って、アレン君がいると船長が普段より大人しい(?)から!!(笑) あー、アレン君が痛かった・・・可哀相で仕方なかった・・・。 本当はこの回2パターンあったんです。 アレンがヤられている最中に神田さんが来るか、ヤられる前に神田さんが来るか。 でもどっちでも良くて、どっちでも良いなら、アレン君を幸せにしようと思って後者にしました。 ・・・・・・どちらが良かったですか? canon 05 12 02 fri
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