海の上に浮かぶ城−4
|
きつい香水の匂いとアルコールに多少の酔いを感じながら、神田はぼんやりと考え事をしていた。
自分の髪に嬉しそうに口付けていたアレン。
彼が自分に抱いているのは庇護してくれる対象か、それとも自分が望んでいる答えなのか。
酒や香よりも強く、これまでに感じた事の無い甘美な問い。
それらを忘れたくて溺れるように酒を呷っても、元来酔いにくい体質は神田自身の意志を裏切っていた。
(風に当たるか・・・)
席を立とうとする神田を女達が恨めしそうに、ともすれば艶めかしい視線を投げて見つめていたが、
神田は構う事無くその場を離れた。ラビがいるのだから、そちらと遊べば良い。
「アイツ・・・・・・何処行った?」
酒を浴びるように飲む、という娼館に来た本来の目的を果たした神田は傍にアレンがいない事に気付く。
いや、傍を離れた事は知っていたがピアノの傍にいるアレンを見て以前いた娼館を思い出しているのだろうと放って置いたのだ。
辺りを一頻り見渡したがアレンの姿は無い。
自分が渡したフード付きのビロードを被っているアレンは見付けやすい筈なのだが。
(まさか、外に出たのか・・・?)
愛刀の六幻を握り締め早足で扉を押そうとしたとき、背後から黒耀の水夫が神田を呼び止めた。
「船長、アレンなら『先に船に帰る』ってついさっき出て行きましたぜ?」
「一人でか!?」
「は、はい!でも大丈夫ですよ、ここから港へは一本道ですし・・・」
「チッ!!」
説明をしようとする水夫に向けた舌打ちというわけではなかったが、水夫は明らかに自分が失態を犯したと思ったのだろう。
酒で赤くなった頬が一瞬血の気を無くしたが、神田は振り返る事なく港へ走った。
女達から『近頃、逃げ出した娼婦を売買する者が出回っている』と聞いたのはつい先程の事。
神田の舌打ちは癖のようなものだが、今回は自分の軽率な行動へのものだった。
黒耀の船員は皆アレンの事を気に入っているが、久しぶりに下りた陸での戯れにアレンを省みる者がいただろうか?
それは水夫やラビだけではなく、娼館へ連れて行った自分自身も。
娼館へ行き、酒を呷って、・・・・・・そんな場所はあの少年には不釣り合いだと解っていた筈なのに。
ピアノの傍へ行ったのだって、自分のいた娼館を思い出したからかも知れないが、それ以前に寂しかったのだろう。
自分を連れてきた神田は酒を、ラビは女と戯れ、その後ろでアレンがどんな顔をしていたかなど気付きもしなかった。
あんな所には自分の居場所を見付けられず船に帰ったアレンを思い、神田の心中は酷い罪悪感に駆られ、
それは進む速度へと影響する。
船乗りは船の上での作業は一流だと言うが、陸に下りれば役立たずと言われる。
だが、神田には関係の無い話だ。
ともすれば、陸で生活する者達より速いのではと思われるほど、神田は足が速かった。
自分の船を見付け、神田は下から残っている水夫を呼ぶ。
「おい!!モヤシは戻ってるか!?」
「モヤシってあの白い坊主ですかー!?アイツなら船長達が一緒に連れて行ったんでしょ?まだ戻ってませんぜー!!!」
返って来た言葉は受け入れがたい事実で、神田はグシャグシャと頭を掻いた。
「お前ら!!街に出てモヤシを探せ!!!見つけだした奴には娼館で好きなだけ遊ばせてやる!!!!」
自分の船の水夫は褒美が出れば何にでもやる気を出すと知っている神田は魅力的な餌を彼等の前にぶら下げる。
当然の如く、彼等は喜んで『アイ・サー!』と声を張り上げた。
我先にと駆け出す水夫の背中を見送り、神田は踵を返して元来た道を辿る。
両脇を林に囲まれた道を登っていると、視界の端に布のような物が落ちているのに気付き、足早に駆け寄って拾い上げた。
「――――――ッ!?」
自分がアレンに渡したフード付きのビロード。
左袖の部分は大きく裂け、まだ変色しきっていない鮮血がこびり付いていた。
神田は砕けそうなほど奥歯を噛み締め、ビロードを脇に抱えて娼館の扉を開け放った。
「ラビ!!」
呼ばれた航海長は未だに女を脇に抱えて酒を飲んでいたが、神田から名を呼ばれた途端にそれらを放り出した。
酷い剣幕の神田に足早に近付き、至極真剣な眼差しで漆黒を見つめる。
どうかしたんさ?と問い掛ける前に眼前に突き出されたビロードは記憶に新しく、ラビは目を剥いた。
「これ、アレンが着てた・・・?」
「先に船に戻ると言って出たらしい・・・・・・だが、船には戻っていない」
服の袖が大きく引き裂かれているのを見るなり、ラビの瞳の色も険しく揺れる。
切り口が剣ではなく鞭だという事もラビは気付き、その周辺に付着している鮮血に一層眉を寄せた。
親友の想い人だからというわけではなく、ラビは純粋にアレンを気に入っている。
あの陽差しのような笑顔を苦痛に歪めた相手を思えば、簡単に許してやるわけにはいかない。
普段は穏やかな目許をスッと細め、その奥に不穏な色を宿したまま神田を見据える。
「海賊からお宝奪ったらどうなるか、教えてやるさ」
地を這うほど低いテノールに神田はニヤリと笑い、いつの間にか女や酒を放って衣を正した水夫達を満足気に見遣った。
Back Next
|
海賊オンリー。歌姫はどこへ・・・。
短ッ。
canon 05 11 19 sat