海の上に浮かぶ城−12

神田が「一緒で良い」とアレンを担いだまま部屋に入り、ジャンはしばらく扉の前で突っ立っていた。 アレンの部屋の隣には神田用に空けておいた部屋があるのだが、そこに今夜の主は居ない。 ジャンはアレンの部屋と神田の為の部屋を交互に見て、それから唇をキュッと噛み締め階段を駆け下りた。 何も分からない子供じゃない。子供ながらに、恋だってしていた。 その相手がアレンだと言えば、自分とアレンは男同士で。 だから、神田とアレンがもし“そう”だとしても、自分には何も言えない。・・・ただ、羨ましいと、少しだけ。 生まれて初めての失恋に堪らず視界が揺らいだが、零れる前にギュッと目を閉じた。 ジャンは幼くても男だ。いずれは海賊になりたいと、友と約束した事もある。 「レオ・・・」 一年前ほど前に家の都合で遠い地に旅立った友を思い、名を呼ぶ。 いつかまた会えた時、この感情の名前と想いを口にしながら笑い話に出来る日が来るだろうか・・・。 未だ騒がしい酒場からは見えない階段の隅に腰を下ろし、膝を抱えて顔を埋めた。 ―――――と、その時。 「ピィッ」 「―――――!?・・・ティムキャンピー?」 天井の梁に居たのだろうか。昼間アレンに紹介しようとした時には居なかった黄色い小鳥が、旋回しながら ジャンの肩に舞い降りた。 すりすりと擦り寄る仕草は、自分が落ち込んでいた時にレオが何も言わず傍に居てくれたときとよく似ている。 元々ティムキャンピーはレオが旅人から貰って育てた小鳥なので、いつの間にか似てしまったのかも知れない。 旅立つとき、レオは再会を約束してジャンにティムキャンピーを託した。とても可愛がっていたのにどうしてと 訊けば、だからお前に渡すのだと、友は両目に涙を浮かべて言ってくれた。 ティムキャンピーはふと気付けば居なくなっているが、自分が辛い時には知らない内に傍にいる。ジャンの中で は、レオの次に大事な友達だった。 「何だよ。慰めてんの?」 ピィピィと鳴く声は可愛くて、くすぐったい。 失恋、遠くに居る友、そして近くに居てくれる友の優しさにジャンの涙腺はまた緩んでしまいそうになったが、 「お客さんを、ちゃんと案内出来たか?」 「っ、父ちゃん・・・」 零れ落ちそうになった涙を袖でゴシゴシと拭き取り、手遅れだろうが、何事もなかったように父を見上げる。 大好きな父の瞳は優しくジャンを見詰めていて、何もかもを見透かしているようだった。けれど父は何も言わず、 ゆっくりと降りてきた手だけが慰める言葉のように、ジャンの髪をクシャリと撫でる。 「さぁ、店を手伝ってくれ。今夜のお客は夜明けまで騒ぐぞ」 「うん・・・!」 踵を返した父の大きな背を追う。 自分もいつか父と酒を酌み交わせるようになったら、もっと色んな話をしよう。 仕事の大変さ、出会った人たちとの思い出、辛かった恋、これまでやこれからの家族や友人との大切な時間。 どれから話そうか迷ってしまうけど、ジャンは目先の事に考えを移した。 「ほーら、赤毛の兄ちゃん!!追加のバルドリーノ!」 「おぉ、ありがとさ〜!」 ドサリとベッドの上に投げ落とされたアレンは、一瞬詰めてしまった息をゆっくりと吐き出した。 乱暴な『恋人』は苛立たしげに靴の紐を解き、ついでに髪を結っていた紐もテーブルに投げ捨てる。どうやら昼間 買った綺麗な結い紐はまだ使っていないようで、アレンは明日の朝にでも結んであげようと小さく頷いた。 ベッドの淵に腰掛けて一息吐いた神田の背後に近寄り、チラリと向けられた視線を無視して背に流れる髪を両手で 束ねてみる。 船の上で起床する時、キャビンを出る前に髪を束ねるのはいつの間にかアレンの仕事になっていた。 初めは指から擦り抜ける――――船の上などろくに手入れも出来ない筈なのに――――艶々の髪を束ねるのに奮闘 していたが、今では随分慣れた方だろう。 『ユウは髪触られんの嫌いなんさ〜』とラビが言っていたが、アレンは無断で髪を触ることを許容されている。 というか、初めから「触るな」と言われた覚えが無いので勝手に触っているだけなのだが・・・。 「神田、髪触られるの嫌だったら結い方教えてあげますよ?」 明日は上の方で結ぼうか、下の方で結ぼうかと髪を触りまわしていた手を止め、神田の顔を覗き込む。 すると、突然肩に置いていた腕を強い力で引かれ、クルリと視界が回った。 「わッ」 パチパチと瞬きを繰り返して焦点を定め、自分の腕を掴んだ神田を「急に何するんですか」という意味合いを込め てひと睨みしたのだが、そんな自分よりも眉を寄せている神田に、アレンは唇を尖らせた。 そういえば、店に這入って来たときから神田の機嫌が良いようには思えなかった。 肩で息をしていた事から自分を探し回っていたのかも知れないが、元はといえばラビを見つけたからといって自分 を置き去りにした神田が悪いのだ。 謝られる覚えはあっても、怒られる覚えは無い。 (そりゃぁ・・・僕が神田から地図を借りたままでいたのは悪かったかも知れないけど・・・) だからと言って、ここまで―――――老後はくっきりと固定されそうなほど――――柳眉を顰めなくても良いのに と思うのだが・・・言ったところで無駄だろう。 「お前」 「はい?」 漸くまともな会話が出来るだろうかと期待して身体を起こそうとすると、アレンの肩は神田の手によってベッドに 押さえつけられ、身動きの取れない状態にされてしまう。 不思議に思って覆い被さってきた恋人を見上げれば、何の予告も無く唇を塞がれた。乱暴では無いけれど、決して 優しいとは言えない蹂躙するようなキス。 船の上でも何度か交わした事はあったが、アレンは未だにこの侵略されるような感覚が苦手だった。それは男同士 だからという一般的な嫌悪感からくるものでは無く、まだ経験も少ない――――正確には、神田とだってまだ一度 しかした事が無い――――アレンには単純に快感が強すぎるのだ。 途中何度も息継ぎをさせられながら、顎に伝った唾液までペロリと舐め取られてようやく唇が離される。 一気に外気を感じた唇は離れて行く神田のそれを名残惜しく思ったが、すぐに額や首筋に触れるだけのキスがいく つも落とされた。 「お前、あんま笑うな」 「ぇ、な―――――んァ・・・ッ」 言葉の意味を訊こうとするアレンの声を阻むように神田の指が上着の裾から入り込み、わき腹を撫で上げる。 戸惑いに身を捩じらせる肩を押さえて耳朶を甘噛みすれば、弱弱しく上がる声だけが抵抗の意を示していた。 アレンに快感を与えようとする手の動きが、これから何をするつもりなのか教える。 娼館にいる頃、周囲は当たり前のようだったけれど、まさか自分に起こるとは思っていなかった他人と身体を繋げ る行為。それは目の前に居る彼に教えられたものだった。 「ま、って・・・神ッ」 「待っただろうが」 耳に吹き込まれた声に息を呑み、つい先日の夜が鮮明に思い出される。 キャビンでいつもと同じように眠りに就こうとした時、神田は今夜のようにアレンにキスをし、それ以上の行為に 及ぼうとした。だがアレンは水夫もラビもいるし、こんなに壁の薄い場所じゃイヤですと――――単に怖気づいて 言った嘘だったのだが――――首を横に振ったのだった。 朝も昼も夜も一緒に居て、神田が自分以外の誰かに手を出したところなど見た覚えは無い。それに、彼は“恋人” が傍に居るのに堂々と他を抱ける人では無いだろうし・・・おそらく、あの時以来はずっと・・・・・・。 「嫌なのか?」 嫌ならばしないと、暗に真摯な瞳が伝えてくる。 唇をきゅっと噛み締めるとアレンは目を瞑り、神田の首に両腕を回して抱き着いた。 「あ、あの時、僕何も分からなくて・・・気持ちよくて、怖かったんです・・・・・」 首に回された腕に力が加わり、神田は小さく息を吐く。 あまり気にしていなかったが、あの時の行為はアレンにとって相当の衝撃だったのだろう。何も知らなかった子供 を快感の波に押し流してほぼ無理やりに犯した事は、神田も気になってはいた。 ただ恋人になった事で、その僅かな罪悪感は頭の隅に追いやられていた。 許された気に、なっていたのかも知れない。 「・・・悪かったな」 「神田?」 「無理矢理したから、お前に嫌な記憶しか残さなかったんだろ」 「・・・ッ、違います!多分、神田じゃなかったら・・・・」 噛み付いてでも抵抗した。 そう思えるのは、今だからかも知れない。 けれど―――――、 「神田じゃなきゃ嫌なんです・・・神田だったから、抱かれて・・・・・ッ」 自分の肩口に顔を埋めているアレンを見遣れば、耳まで薄っすらと赤くなっているのに気付く。 体勢が辛くないように背を支えていた腕を外してシーツの上に寝かせ、もう一度、銀灰の瞳を見詰めたまま口付 ける。頬を朱に染めたアレンは神田の唇が触れる瞬間、自分から口を開いて深いキスを受け入れた。 口腔をなぞるキスは甘く、アレンも恐る恐る舌を差し出す。 それを絡め取られて軽く吸われれば、それだけで幼い身体はゆっくりと弛緩した。 「あ、んァ・・・ッ、あ、」 突き上げられる度に上がる嬌声はすでに掠れて、時折含ませてくれる水で癒しても、すぐに咽喉は枯れそうにな る。何度目か分からない絶頂を迎えた後の身体は悦びに抗う術を持たず、アレンは神田の背に爪を立てる事で全 身を駆け抜ける甘い快感に溺れないよう堪えていた。 丹念に慣らされた蕾は痛みを感じず、ただ愛しい人を求める。 ぐちゅりと漏れた音に羞恥すら感じなくなったアレンは自身を打ち付ける腰に両足を摺り寄せ、とろりと溶けた 眼差しで「もっと」と神田を誘った。 「お前、その顔誰にも見せんなよ?」 「ぁ、し、な・・・しなぃっ・・・こんな、事」 神田だから、と。最中にアレンは何度も口にした。 その度に自分の中で大きさを増す神田に高く喘ぐのは、態とだろうか。 クツリと咽喉を鳴らして笑えば、戸惑うように見上げられた瞳が揺れて不満を伝える。 それを無視して思い切り打ち付けてやれば、薄い胸の飾りが色付き、更に尖った。 「やっ、ダメ!それ・・・」 下肢を結んだまま身体を折って胸の飾りに舌を這わせると、アレンの身体は面白いほどに感じた。 新たに与えられた快感から逃れようとしても、繋がったままでは上手く動けず、その上神田が片腕で腰を支えて いる状態ではどう考えても逃げられる筈が無い。 片方を舌で、もう片方を指先で弄られてビクビクと跳ねる身体は、まるで水を失くした魚のようだった。 「そこ、ばっか・・・ゃ、だぁ・・・ッ」 目尻に浮かべていた涙をボロボロと溢し、とうとう泣き出したアレンに神田はやり過ぎたかと苦笑を漏らす。 胸から顔を上げて柔い白髪を梳き、宥めるように額に口付けて泣き止むのを待つ。 普段も――――水夫に対する態度に比べれば格段に――――優しいけれど、こんな風にベッドの中で与えられる 優しさは珍しく、アレンは徐々に乱れた息を徐々に整えていった。 同じベッドの中でも、ただ抱き締められて眠るのとはわけが違う。 最後の一滴がこめかみを伝うと、神田はそれを唇で吸い取り、涙の伝った跡を舌でなぞった。 「動くぞ?」 「う、ん・・・・・ひぁ、あん!」 それから意識が途切れるまでの間、アレンは自分を貫く男を揺らぐ視界で見詰めていた。 普段纏めている漆黒の髪が夜の波のように揺れ、切れ長の瞳が偶に細められる様はまるで美しい獣が獲物を捕ら えた時の征服感に似ていた。 中に神田の熱が叩き付けられる度、自分の身体で感じてくれていると解る。 それがアレンには、堪らなく嬉しかった。 back next
お姉様方に期待されていたベビーピンクシーン(笑) 期待させてしまった割には生温くて笑えますが・・・。 次回でこの舞台(水の都編)は終わります。 ・・・この後は一本、番外編を入れようかな、なんて。 2006 07 13 thu canon
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