海の上に浮かぶ城−11

賑やかな路地に入ったアレンは、酒場や宿屋が立ち並ぶ場所で数人の男達に囲まれた。 性質が悪そうな輩では無かったが、迷い子と一目で判ったアレンを賭けのカモにしようと企んだのだろう。 アレンはしばらく迷っていたが、「ただのゲームさ。探してる奴が見付かるまでの間だけ」という事で、 躊躇いながらも承知した。 その時の少し困った笑顔が可愛らしく、男達は一瞬怯んでしまう。 愛らしい容姿の少年から金を巻き上げるのは如何なものかと顔を見合わせたが、それでは声を掛けた意味が無い。 男達とアレンは立ち止まって話していた場所からすぐ傍の店に入り、一つのテーブルに腰を下ろす。 一人目の男は指を鳴らし、唇をペロリと舐めた。 そして、悲劇はここから始まる。 いや・・・本当の悲劇はゲームに誘われた少年の『躊躇い』で気付くべきだったのだ。 「ロイヤルストレートです」 「うぁぁああ!!」 最初に誘ってきた男達はすでに戦線離脱しており、現在アレンの前で机に突っ伏したのは勇敢な挑戦者だった。 その挑戦者もこれで何人目か、おそらく誰も覚えていないだろう。 ただ一つ判るのは、カモにするつもりだったアレンに酒場にいた7割以上の人間がカモられたという事だけだ。 「おーい、またやられたぞー」 「次の奴いねーのかぁ?」 アレンはカードを切りながら首を巡らせて挑戦者を探すが、目が合って微笑みかけると男達はサッと顔を逸ら してしまう。 「やりすぎたかな」と肩を竦めれば、恨めしそうに集まる視線。 その中に訝しげな目は無く、娼館に居た頃止むを得ない事情で身についたイカサマはバレていないようだと安 心する。 娼館にいた頃、燃えるような長い赤毛に左目を包帯で覆った男に習ったイカサマ術。 明らかに娼館慣れしている・・・けれどあの港町には似合わない、一目で海賊だと判る男はピアノの上で唄って いたアレンを突然引き摺り下ろし、「イカサマを教えてやるから自分を『師匠』と呼べ」と言った。 もちろんアレンは人を騙して金を巻き上げるなど出来ないと言ったが、男は聞く耳を持たず一つのテーブルに 腰を下ろし、向かい側の席に座るように命令されたアレンは渋々承諾して配られたカードを手に取った。 それから三ヶ月、男は毎日のように娼館へ来ては――――偶に娼婦の相手もしていたが――――アレンを強制 的にゲームに誘い、イカサマを初歩から教え込んだ。 始めは嫌がっていたアレンだったが、時折やってくる客相手に罪悪感を覚えながらもイカサマを使って勝利す る事が続いて以来、自分をカモにしようとする相手に対しては容赦無くイカサマを使う事にした。 幸いにも『師匠』のイカサマ術は一流だったらしく、今夜を含めてバレた事は一度も無い。 ふぅ・・・息を吐いたアレンが席を立つと、周りでゲームを見ていた男達は一斉にガタリと腰を上げた。 その様子に苦笑を零しながらカウンターに近付き、店主だろう三十歳半ばの男に一枚の紙を差し出す。 「すみません。この宿屋に行きたいんですけど・・・この近くですか?」 男は手にしていた木作りのカップを置き、アレンから紙を受け取って、フッと笑った。 「ココだよ。この店が、君が行こうとしている場所だ」 「え?じゃあ・・・」 「アレン!!」 覚えのある衝撃が腰に奔ったが、本日二回目のともなればアレンも然程驚きはしない。 振り返れば快活そうな少年が満面の笑顔で自分を見上げていて、昼間と少しも変わらないそれにアレンもフ ワリと微笑んだ。 「迷わずに来られた?」 「あ・・・うん!ジャンが地図を描いてくれたから・・・、?」 地図を取り出そうとしたアレンはサッと顔が青褪めるのを感じた。 地図はつい先程この店の店主――――ジャンの父親だろうか?――――に渡してしまって手の届く範囲には 無い。 それに、本当は適当に歩いた末に男達に声を掛けられて偶然入ったのがジャンの家の宿兼酒場だったのだ。 せっかく地図を描いてくれたのに馬鹿馬鹿しい経緯を話すのは気が引けて、つい嘘を吐いてしまったが・・・。 (地図を取り出そうなんて、しなきゃ良かった・・・) 上手い言い訳も思い付かなければ、この少年にこれ以上嘘を言うのは物凄く罪悪感が残る。 『失くした』とは絶対に言えないし・・・、と途方に暮れかけていたアレンの背を誰かが指先で突付く。 涙目になりながら見遣れば、先程地図を渡した店主がジャンの死角になる位置から地図を返してくれようと していた。 片目を瞑ってクスリと微笑んだ店主に感謝し、アレンは怪しまれないように受け取ってジャンに渡す。 ジャンは特に気にした様子は無く、「役に立ったなら良かった」とはにかんだ笑顔を見せて地図を服の隠し に仕舞った。 「なぁ、アレン。頼みがあるんだけどさ・・・」 「何?せっかく招いてくれたんだから、出来る限りのお礼はさせてもらうよ?」 少し逡巡し、ジャンは期待を含んだ瞳でアレンを見た。 「唄って欲しいんだ!皆にもアレンの歌を聴かせてやりたくて・・・」 あの市場で聴いた時、ジャンは母に頼まれた買い物は急ぎだったのにも関わらず、足を止めて歌声に聴き入 った。自分よりも何歳か年上だろう少年の、まだ声変わりもしていない透き通った声。 ジャンの目から見たアレンはまるで天使のようで、この祭典を祝う為に神様が贈って下さったのだとさえ錯 覚した。 年齢に不釣合いな真っ白な髪に、銀灰のキラキラと星のように輝く瞳。 どこか不思議な雰囲気を纏う美しい人へ贈り物をしたかったが、買い物の為の金貨を渡すわけにはいかなく て、ジャンは急いで買い物を済ませると、母に頼み込んで庭の薔薇を一輪摘んだ。 所々に付いた棘を抜くのは苦労したが、彼の笑顔はきっと綺麗だと思ったから・・・指が傷付く事も構わなかっ た。 街中を駆け回り、ようやく見つけると感極まって抱き付いてしまったが、花を渡した時の笑顔は想像以上に 綺麗で。 『あぁ、やっぱり天使のようだ』と、心から思ったのだ。 「・・・ジャン、ジャン?どんな歌が良い?」 昼間を思い出していたジャンは少なからずトリップしていたようで、アレンが自分と同じ目線の位置まで腰 を折るとパッと頬を赤らめた。それに気付かれていたのか、カウンターの中で父親が肩を震わせているのを 見て、ジャンは更に赤くなる。 そんな事を全く気に留めていないのか単に鈍感なだけなのか、当のアレンはただジャンの返事を待ってニコ ニコと微笑んでいた。 「えっと・・・じゃあ、この酒場に似合う曲、とか?」 「酒場に似合う曲かぁ・・・、うん!わかった!」 昼間の評判をジャンから聞いていたのか、酒場にいた男達はカウンターの前に立つアレンを見遣る。 その視線はまるで品定めのようで、良い心地はしなかったが・・・それはアレンが口を開くまでの話だった。
陽の沈む頃 愛する者のために働き疲れた男達は  豊かな芳香が漂う路地に足を踏み入れる 至高の夜は美酒が無くては始まらない! 友と賭け事に興じる声を子供には聞かせられない 最愛の妻が家で帰りを待とうとも 稼ぎ頭にはご愛嬌! 夜は短く朝はすぐそこに迫り来る さぁ、時間が惜しければ飲んで唄え! シェイクスピアの戯曲を含み リゼルヴァで喉を潤せ! アドリアの女王へ調べを届ける者達は 航海の朝に一滴のフラスカーティを海へと捧げよ!!
パンッ、パンッと、アレン自身がリズムを取るために叩いていた音は、次第に酒場全体へと広がり大きな手拍子 となっていく。 アレンから金を巻き上げられた男達も、普段は舟歌しか口ずさまない男達も、口笛や声を上げて場を盛り上げた。 酔っている者の中は仲間と手を取って踊りだし、アレンやジャンは顔を見合わせて笑い合って騒いだ。 その時――――、 「!?」 バンッと出入り口の扉が開き、眉根をきつく寄せた青年が肩で息をしながら酒場全体を見回し、そして目的の人 物を見つけたのか、眉間には更に深い皺が刻まれた。 青年の『目的』である少年はその剣幕に口許を引き攣らせ、どこか隠れるところは無いだろうかと左右に首を振る。 だが隠れるよりも早く、青年は少年を自分の肩へと担ぎ上げ、一瞬にして静まり返った酒場に低い低い声を響かせた。 「こいつ、返してもらうぜ?」 「っ、神田!?」 この酒場に居る者の中ではアレンの次に歳上だろう神田を相手に、酒で頬を赤らめていた男達は慌てて頷いた。 こいつに逆らってはいけない、そう誰しもが肌で感じたのだろう。 「店主、部屋はあるか?」 「あ、俺!俺が案内する!」 ぴょんっと跳ねたジャンは神田の視線を惹き、にっかりと笑って二階へ案内しようと駆け出す。 神田は店主に軽く会釈し、酒場を後にした。 back next
誰か歌作ってー!!!!!!Orz ってマジメに叫びたい・・・今回の唄の中に出てきたのはワインです。 シェイクスピアの戯曲=『ロミオとジュリエット』という物が実際あります。ほんのり甘い、爽やかな白ワイン リゼルヴァ=種類豊富です。料金はもちろんピンキリ。味もそれぞれ。 フラスカーティ=ラッツィオ州ではポピュラーなワイン。酸味や苦味も感じられますが、果実の甘い香りがする口当たりの良いワイン。 ・・・何でアレン君ワインの銘柄知ってるのかしら・・・。 あれかな。ラビの部屋で調べた本の中にあったかな? あぁ、きっとそうだ。 そうに違いない。 全てイタリアワインです。製造年には目を瞑って下さい・・・lllOrz 2006 07 07 canon
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