My LOVEr IS brother 08
|
扉の閉まる音がして、アレンは窓の外に向けていた視線を室内に移す。
ブラインドの影が床に線を描き、少しだけ開いた窓からの風にフワフワと位置を変える。
眠ろうかと思ったけれど、身体は睡眠を求めていない。
こんな事は前にもあったな・・・と、アレンは虚ろな銀灰色から滴を零し、それを力の入らない腕を持ち上げて拭った。
夜中に目が覚めて、部屋の中を見回す。
部屋の中は何も変わっていないし、いつも通りの夜な筈なのに、何かが足りない。
どれだけ時間をかけても謎に包まれた喪失感を埋める事は出来ずにいたある日の夜、アレンの部屋の扉が開いた。
『何してるんだ?』
ベッドに座ったまま何かを探す仕草をしていたアレン。
けれどその問いに対する答えが見付からず首を傾げていると、神田は酷く辛そうな顔をしていた。
何度か同じ事が続くうちに神田は『枕を持って来い』と言って、アレンを自分の部屋で寝かせるようになり、
アレンはその理由について深くは考えず、ただ兄とまた同じベッドで眠れる事を純粋に歓んだ。
神田に抱き締められれば次に起きた時は朝陽が部屋を満たして、もう真っ暗な部屋で何かを探す事は無くなっていった。
あの時と同じように、アレンは部屋や・・・外を見つめて首を傾げる。
「足りない」
何が足りないのかを理解している為に、アレンはどうしていいのか解らないでいる。
膝に顔を埋めて、アレンは何度も『お兄ちゃん』と呟いた。
『足りない』ものを埋めるように、最愛の人を『兄』として想うように、何度も何度も。
どこからか電話の鳴る音がして、アレンはフッと顔を上げた。
この部屋のどこかに放り投げた携帯電話かと思ったが、音はもっと遠い場所にある。
それがリビングから聞こえてくるコールだと理解すると、アレンは急いで自室から飛び出し、リビングへ走った。
「―――――はい、もしも・・・ッ」
『アレン君!!?大丈夫なのっ?』
「リ、ナリー・・・?」
子機を耳に当てたまま首を傾げ、電話の向こうにいる少女の顔を思い浮かべる。
壁掛けの時計を見上げるとちょうど1限が終わった頃で、アレンはぼんやりと『時間って経つの早いなぁ』などと溜息を吐いた。
『私、兄さんからさっき聞いて・・・ッ・・・ねぇ、本当に大丈夫なの?怪我とかしてない!?』
「あ・・・本当に大丈夫です!傷っていっても掠り傷で・・・・・・」
『アレン君の肌に傷付けるだなんて信じられない!!何処の誰なのその野蛮人!!!?』
「や・・・野蛮じ・・・・・・」
あまりの迫力に気圧され、アレンは少しだけ子機を耳から離す。
見た事もない男に対する罵詈雑言を並べ立てるリナリーが可笑しくてクスクスと笑っていると、『ちゃんと聞いてる!?』と
今度は自分まで怒られて、声を上げて笑ってしまった。
昨日からいろんな事がありすぎて、随分笑っていないような気がした。
前髪をクシャリと掻き上げて、不意に零れてきた涙も服の袖でゴシゴシと拭う。
「本当に、ありがとうございます、リナリー・・・明日はちゃんと学校にも行きますから」
約束した駅前のフルーツパーラーに行きましょう?
そう言うと、リナリーは怒っていた声を180度変えて、大きな声で『もちろんよ!』と答える。
先程まで沈んでいた気持ちがリナリーの声で嘘のように浮上し、アレンも少しずつ、自然と笑顔になっていった。
今日の朝会での出来事や1限でウェンハム先生が薬品を零したなどいくつか雑談を交わし、子機を下ろす。
部屋の中はまた静寂に包まれたけれど、今度は哀しくなかった。
今度こそ眠れるような気がして、アレンは自分の部屋に戻る。
太陽が高度を上げてきたのか、先程よりも明るく温かくなった部屋のベッドに、アレンはボスッと音を立てて伏せた。
泣きたくなるような、縋り付きたくなるような、懐かしい温もりが自分を包んでいて、アレンはソレに擦り寄った。
髪を梳いてくれる人を、知っている。でも眠気の所為か意識的か瞳は開こうとせず、ただ甘えるようにしがみつく。
仕方ないな、という優しい声が降ってきて・・・ようやく少しずつ目を開くと、そこには豊かな漆黒の糸が見えて。
誰か、なんてすぐに判る。
この腕は、昔から自分を護って来てくれた人のもの。
「お兄ちゃん・・・」
同じベッドに横たわっている兄を見上げ、アレンは何度か瞬きを繰り返す。
寝起きだけれど頭はしっかり覚醒していて、どこか冷静な思考は、この状況に混乱する事はなかった。
「久しぶりだね。お兄ちゃんとこんな風に寝るの」
いつの間にか遣い出した丁寧語も、必要ないと思って止める。
こちらの方が兄弟らしいと思ったからだ。
「アレン・・・話が――――」
「朝ご飯、僕が作るね」
擦り抜けてベッドから下りようとしたアレンを、力強い腕が制する。
肩越しに振り返れば真剣な瞳の兄が口を引き結んでいるのが見え、アレンは困ったように微笑んで掴まれていた
手をやんわりと外した。
「お兄ちゃ・・・」
「俺はお前を、この先も弟だと思っている。それは永遠に変わらない」
時間の流れも、呼吸も、何もかもを止めてしまうような言葉を、この人は吐く。
それはただ純粋に『家族』を護るという意志に繋がっている事をアレンはとうに知っていて、だからこそ、
もう傷付いたような表情は浮かべなかった。
「うん。わかってるよ」
自分より低い位置にある兄の頭を抱き締めて、笑みを零す。
「僕たちはずっと兄弟だもの。変わらないよ」
たった2人の、血を分けた、もっとも自分に近しい存在。
血など繋がっていなければと何度も願ってきたけれど、アレンは血の繋がりに今更安堵を覚えていた。
他人だと想いを否定されれば関係は崩れてしまうけれど、兄弟ならば決して切れる事のない縁が確かに在る。
それだけでも幸福だろうと、神田に抱き付いていた腕を解いた。
「それに、お兄ちゃんには彼女さんがいるでしょ?」
「・・・・・・彼女?」
「今度連れて来てね。僕、頑張ってご飯作るから」
段々と麻痺してきたのか、心が傷む事は無かった。
ただ頭に思い浮かんだ文字を喉の奥で言葉に変換し、目の前にいる相手に伝える。それだけの事。
あとはオマケに笑顔でも付けていれば良いかな、などと・・・アレンの意識は遙か別の場所に在る。
このまま機械にでもなれれば楽なのに。・・・・・・どれもこれも途方もない願い。
パタリ、音がする。
その扉の鍵は、どちらの手の中?
back next
|
8話くらいで終わるって言った人出てきなさい。
canon 06 01 08 sun