My LOVEr IS brother 06
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避ける事も拒否する事も叶っただろうに、神田は近付いてくるアレンの銀灰色を見つめていた。
唇に触れてきた柔らかな感触は、弟のものであるというのに。
アレンは神田が拒まなかった事に安心したのか、もう一度躊躇いがちに唇を求めた。
一頻りキスをすると、アレンはまた泣き出してしまった。
今の行動に関係するのかは解らないが、アレンは昔から感受性が強く、よく泣く子供だった。
しゃくり上げるアレンの背を撫で、宥め賺すようにポンポンと叩く。
実の弟と恋人にするようなキスをしたが、背徳心は欠片もない。
ただ縋るようにキスを求めるアレンが愛おしく、求められるまま与えてやりたくて。
神田の中に残ったのはアレンに対する愛おしさと庇護欲。嫌悪感など生まれる事すらなかった。
「・・・ッ、ごめ・・・なさいっ・・・・・・」
「何謝ってんだよ・・・」
「さ、っきまで・・・し、死ぬかもっ知れな・・・くて、怖・・・か・・・っ」
「あぁ・・・」
「死んでっ、死んでしまったら言えないって思ったら・・・・・・お兄ちゃんに何も言えないで死ぬと思ったらっ、僕・・・・・・」
「父さん達の事故の事なら・・・さっき来た刑事に聞いた」
神田の言葉に、アレンは首を振る。
「ち、がぅ・・・違うのっ・・・・・・そ、じゃ、なくて・・・ッ・・・」
「落ち着いて話せ・・・慌てなくても傍にいる」
神田はもう一度はちみつミルクを作りにキッチンへ入り、アレンが会話出来るようになるまで待ってやった。
キッチンから戻った神田がカップを渡してもう一度アレンを抱き上げようとすると、アレンはハッとした様子で神田の手を避ける。
その行動に神田は眉を顰め、アレンは頬を染めて俯いた。
「何だ・・・?」
「い、え・・・・・・あの・・・」
「来いよ」
「え?わぁっ・・・!?」
片腕で軽々と腰を抱かれ、神田の膝の間に座らされたアレンの頬は熟れた林檎のように赤くなる。
先程までとは違い、アレンの意識はしっかりしているのでこんな風にされるのはかなり恥ずかしいのだが。
神田はアレンの腹の前で手を組んでいるために逃げる事も出来ず、アレンは肩を落とした。
「で?言いたい事は?」
あのまま勢いに任せて言ってしまえば良かったと思う反面、あそこで会話を終わらせるべきだったと今更ながらに後悔する。
嫌われるかも知れないリスクを負ってまで、言うような事でも無かったのに。
明らかな結果が見えていては賭け事にもならない。
それでも言うまでは話してくれそうに無い兄を見上げて、アレンは口を開いた。
「僕・・・お兄ちゃんが好きなんです」
「・・・・・・俺もお前が好き・・・だが?」
躊躇いがちに言うのは、兄が普段そんな事を口にするような人間ではないから。
兄の気持ちは心から嬉しいけれど、アレンは兄弟の枠を超えた愛情を望んでいて。
「『お兄ちゃん』として、じゃないよ?僕も・・・『弟』としてお兄ちゃんが好きなワケじゃない」
目を見開いて、神田はアレンの言葉を理解したようだった。同時に、アレンの身体はフッと軽くなる。
決して口にしない筈だった想いを口にした事で、7年間の恋情が消える事は無いけれど。
アレンという人間のどこかに、喪失感が生まれた。
「ごめんね?」
これは、自分を大切に育ててくれた兄に対する最大の裏切りだ。
未だに驚きを隠せないままの兄の腕から擦り抜け、座っている兄の前に立って深く頭を下げる。
謝って赦される事なら、初めから言っていた。
でも、もう引き返せないところにいるから。
結局また涙が零れて、これからどうしようとか、途方も無い事を考えてしまう。
「何でキスした?」
「そ、れは・・・だから、・・・お兄ちゃんに想いも伝えられずに死ぬのが嫌で・・・・・・いつ死ぬかなんて誰にも分からないから・・・」
両親がそうであったように。
もしかしたら次の瞬間には床に倒れているかも知れない。
事故じゃなくても、発見の遅れた重病、さっきのように・・・・・・誰かに殺されるかも知れない。
あの時、アレンの頭には兄しかいなかった。
自分を護ってくれる唯一の肉親、生まれて初めて愛した・・・きっと、自分の世界に終わりが来るまで愛していたい人。
「あの男・・・」
アレンを真っ直ぐ見つめていた瞳を閉じて、ソファに深く座る。
「7年間、ノイローゼだったらしい。初めはずっと俺たちに謝りたくて住所を探していたらしいが・・・・・・疲れたんだろ。
本当の目的から逸れて、ノイローゼの原因である俺たちが死ねば自分はまた元通りの生活を送れると思っていたようだ」
内ポケットから煙草を出す兄をぼんやりと見つめて、アレンもまた瞳を閉じる。
――――――――――7年間。
あの日に全てが終わって、全てが始まった。
刑事は気の遠くなるような捜査をたった一人で続けてくれて、昨日・・・長い警察人生を離れた。
あの男も罪悪感に駆られて自分たちを探して、謝りたいと思ってくれていた。
・・・・・・あんな事になってしまったけれど。
神田はアレンのために、生きていく上で必要な事をあの日から自分の脳や身体に叩き込んでいたし、
その知識を必要な分だけアレンにも教えてくれた。
ティエドールが行ってくれると言っていた授業参観や三者面談も、全て神田が来て。
学生服のままで、息を荒くして、自分の学校が終わったと同時に走ってきてくれたのだと思ったらアレンは泣きそうになった。
兄を慕う想いも、全ては7年前に始まったのだ。
そして今日、終わる。
「俺たちは兄弟だ」
空間によく通る声が、アレンの心臓をも斬り付ける。
歯を食いしばっても、唇を噛んでも、口の中に血の味が広がっても、アレンは涙を抑えられない。
服の袖で何度も目を擦るのに涙は止まらなくて。
兄の顔なんて、見られるわけも無い。
「たった2人の兄弟なんだ・・・・・・アレン」
「ッ、わ・・・か、って・・・・・・っ」
こんな想いをしなければいけないのなら、やっぱり伝えなければ良かった。
兄に嫌われてしまったら自分の生きる希望など無いというのに・・・・・・己の覚悟の脆さを、アレンは心で罵った。
ギシリと僅かなスプリングの音がして、温かい腕がアレンを優しく抱き締める。
嬉しい筈なのに、この腕はあの女のものだと思ったら、苦しくて息も出来ない。
優しいキスも、何もかもあの一人の女性の為にあるもので・・・・・・兄はもう、自分を護ってくれる人ではない。
護るべき人が別にいるのだから、いつまでもこのままではいられない。
アレンはゆっくりと神田の胸を押して、俯いた。
これ以上、このどうにもならない感情に兄を付き合わせてはいけない。
アレンは唇をさらに強い力で噛んで、次いで微笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ」
7年間、隠し通してきた。
それだけの気力があったのなら、これから兄をただの『兄』として見る事も出来るだろう。
今はただ、微笑っていれば良い。
「僕たちは今までもこれからもずっと、2人だけの兄弟だよ」
ね?と笑うアレンの笑顔は、とても綺麗で。
だからこそ、泣き腫れた目元があまりにも痛々しかった。
「僕・・・昨日寝て無くて・・・・・・午後からはちゃんと学校に行くから・・・」
「いや、休むと伝えてある。ゆっくり寝てろ」
「うん・・・。ありがとう、お兄ちゃん」
踵を返し、リビングを出ていく。
神田の目には、閉まる扉がアレンの心のようで・・・けれどそれは木枠で覆われたガラスの扉ではない。
それよりも遙かに薄く・・・そして遙かに厚い、鉄の扉のように思えた。
戻れない。
戻れない。
あの幸福な日々に。
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背徳心に駆られたのは私です。
ここまで『兄弟』を強くしてしまうと・・・非常に絡めにくいです。
・・・・・・シリアスなんて一生書かないと思っていたのに・・・コレってシリアスの部類です、よね?
canon 05 12 14 wed