My LOVEr IS brother 05
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『兄さんの時間は、兄さんのものですから』
そう言われたとき、自分はどこか落胆した。
弟にとって自分は・・・何故か絶対に必要な存在なのだと自惚れていて。
神田は明け方の冷たい風を浴びて歩きながら、結っていない髪をグシャリと掻き上げた。
「もう、起きてるか・・・学校行く準備してんだろうな」
自分が帰った頃には入れ違いになるかも知れないな、とぼんやり思っていると、いつの間にかマンションの前まで来ていた。
ふと、いつもはしない行動をとる。
下から自分たちの部屋を見上げると、何故か玄関が開いていた。
アレンがもう登校するのかとしばらく見ていたが、出てくる気配も、下りてくる気配も無い。
神田は不安になってマンションのロビーにあるエレベーターのボタンを押したが、
エレベーターが下りてくるよりも自分で階段を駆け上がった方が早く、大きく舌打ちして家の階へと駆け上がった。
開かれたままの扉の中から、誰かの荒げられた声がする。
それは愛すべき弟のものではなく、神田はある種の恐怖に駆られながら靴のまま家に飛び込んだ。
男の声のするバスルームに駆け込めば、そこには鍵のかかったシャワールームを壊すほどの勢いで叩いている男がいた。
「出ておいでッ!!すぐにお父さん達に会わせてあげるよ!!!!」
右手にナイフを握り締めた男の姿に、神田は驚愕する。
けれど不透明なシャワールームのガラスの向こうに蹲っている弟の姿を認めて、驚愕は激しい怒りへと
変わった。何かに取り憑かれたようにシャワールームを殴り続ける男の襟元を鷲掴みにして後方へ投げ
飛ばし、落ちたナイフを拾い上げて振り返る。肩で荒く息をする男の目は焦点が合っていない・・・・・・
薬でもやっているのだろう。
近くにあった組み立て前のラックのパイプを両手で握り締め、男の前に翳す。
男が顔を上げるのと神田がソレを振り下ろすのは、ほぼ同時だった。
すぐに警察を呼んで、男は逮捕された。
その際に訪れた数名の刑事の中の一人から、昨日アレンの高校に行って話した全てと・・・あの男の正体
を、神田はどこか信じられない気持ちで聞いていた。
嵐が過ぎ去った後のように静かな家の中で、神田はシャワールームに足を運ぶ。
あの男が泡を吹いて倒れた後も、刑事が来た時も、アレンはシャワールームから出てこようとしなかった。
不透明なガラスの向こうで、ただ一人。
隣人の話では、大きな物音がしたのは神田が帰ってくるより少し前だったそうだが・・・・・・。
時間など関係ない。
アレンはたった独りで怯えて、ずっと自分の帰りを待っていただろう。
「もう大丈夫だ。鍵を開けても平気だ・・・俺たち以外、もう誰もいない」
応答の無いアレンに、神田は肩を落とす。
本当は神田自身まだいろいろな事が把握出来ていなくて・・・
とりあえずアレンの学校に数日休むと連絡しておかなければと思いバスルームを出て、リビングにある子機に手を伸ばした。
自分が在学していた頃から馴染みだった教頭のコムイに連絡を取ると、二つ返事で了承を得る。
落ち着いたら妹のリナリーとも見舞いに行く、といくつか話をして、電話を切った。
次に望みの薄い勤め先の店長に連絡をとると、珍しく数回のコールの後、聞き慣れた声が聞こえた。
事のあらましを説明すると『何故警察を呼ぶ前に俺を呼ばなかった』と妙な怒られ方をしてしまったが、一
応数日休む旨は伝え、こちらも問題なく了承を得た。
しっかりしない足取りで再びバスルームを見ると、シャワールームの扉が少しだけ開いているのに気付いた。
それだけの事に大きく息を吐いて安堵し、ゆっくりと開く。
ただでさえ狭いシャワールームの隅で膝を抱え込んでいるアレンの肩に手を置くと、ビクリと身体が震え
た。今もまだ小さく震えているアレンを横抱きにしてシャワールームから出て、リビングにあるソファの上
に座らせる。備え付けのクローゼットから手触りの良い毛布を取って冷たい身体に掛けてやり、
キッチンに入ってアレンが風邪をひいたときによく作ってやっていたはちみつミルクを手に、リビングへと戻る。
テーブルの前にそれを置いてもアレンは手に取ろうとせず、神田はアレンの隣に腰を下ろして固く目を瞑った。
もっと早く帰ってやれば、こんな事にはならなかった。
自分が遅く帰るときは大抵悪い事ばかりが起こるのだ。
以前9時以降に帰ったときは、玄関で待っていたアレンが抱き付いてきたと思ったら、次の瞬間には何故か
泣き出して・・・。呪いか、まるでジンクスのようだ。
頭を抱え込んでいるうちに少しだけ冷めたらしいマグカップを手に取ってアレンの口に付け、飲ませる。
まさか飲めないだろうか、と思ったが、アレンは少しずつミルクを嚥下した。
次第に白い頬が正常の色を取り戻して、どこか一点を見つめていた瞳も瞬きを繰り返している。
先程までは、まるで人形のようだった。
美しい白銀の髪と、男にしては大きい・・・宝石のような銀灰色の瞳、それを縁取った長い睫毛はそこら辺の
女より遙かに美しい。
容姿だけで言えば神田の理想はアレンだろう。といっても、相手は男で、しかも自分の弟だ。
コクコクと半分程まで飲んで口を離したアレンの髪を優しく梳くと、焦点の合った瞳が神田を見上げる。
「お、・・・か、り。おに・・・ちゃ・・・・・・」
ふわりと、泣き出しそうに微笑んだアレンに神田は目を見開く。
声が上手く出ないのは・・・酷い恐怖の後では仕方無い。
けれど今、アレンは―――――、
「お、にぃ・・・ちゃ?」
「・・・・・・ただいま。アレン・・・」
『お兄ちゃん』と呼ばれるのも、『アレン』と呼ぶのも、どれくらい振りだろうか。
毛布に包んだ身体ごと抱き締めて膝の上に横抱きにし、昔はよくそうしていたように額にキスをする。
唇を滑らせて、傷付いた左目の下に口付け、銀灰色を真正面から見据えた。
「無事で良かった」
そう言うと、アレンの瞳からポロポロと涙が零れた。
緊張が解けたのか・・・神田の首に縋るように両腕を回して、肩口に顔を埋める。
声を出さず、嗚咽を洩らす事無く、抱き付いて。
顔を上げさせて、指先で涙を拭う。
後から後から零れてくるソレは雨のようで、神田は苦笑気味に微笑む。
そんな兄をアレンはただ見つめ、首に回していた両腕をゆっくりと離し、神田の頬を両手で包んだ。
神田は一瞬息を呑んで、アレンの真摯な銀灰色の瞳をただ見つめることしか出来ない。
何をされるのかは、解っていた。
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何されるか解ってるんだ・・・
って、本当にアレン君に痛めに遭わせるの多いです・・・。
すみませ・・・・・・。
canon 05 12 08 thu