09:十字架
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2年前とこれといって変わった様子のない薔薇のアーチガーデン、けれど唯一の違いは、侵入者を拒んでいるかのような
その刺の多さに、アレンはクスリと笑みを零した。
任務というのは建前で、実際ヴァチカンには何の報告も了解も伝わっていない。
そうするよう、コムイに頼んだのだ。
「酷い霧ね・・・」
「はぐれるのはマズイよなぁ・・・ってアレン、先行くなよ」
先を歩いていくアレンを呼び止め、ラビはリナリーの手首を掴んで急ぎ足で追い付く。
「気付かれて当然ですよね・・・さっきからずーっと殺気放っちゃってますから」
「あぁ、これアレン君の殺気なの?この間も教団の廊下に似たような気が散ってるなぁって気になってたのよ」
それだけ言うと、リナリーは詮索する事無く納得したように何度も頷いた。
横を歩くラビとリナリーの姿を見遣って、アレンは口端を綻ばせる。
必要以上の事は詮索しない、けれど友人としての心配や気遣いは惜しみなくしてくれるこの2人が、アレンは好きだった。
どこか一線引いているようで、その線は巧妙に・・・幾重にも重ねられたヴェールに隠されていて見えない。
そんな距離すら、アレンには心地良いのだ。
「アレン、2年前にユウと2人で呼び出されたときは・・・その左目、何も感じなかったさ?」
「後から気付いた事ですけど、あの頃・・・僕はレベル3以上のAKUMAが判別出来ませんでした」
それはつまり、あの時あの場にAKUMAがいたとして、それはレベル3以上だったという事。
「列車の中でアレン君が言っていた事が正しいなら、最高議会は全員・・・」
「2年前の時すでに、全員がAKUMAだったって事になるさ」
2人の言葉に耳を傾けながら、アレンは過去の記憶の蔦を辿る。
レベル3以上のAKUMAと言えど、大元帥や元帥クラスのエクソシストにまで気付かれないほどの力を有しているAKUMA。
それはノアの一族か・・・それよりも少しだけランクの低いAKUMAという事になる。
あの場にいた議会の人間は10人弱ほどだったが、今奴等が目の前に現れてこの人数で応戦出来るだろうか。
ラビは元帥の称号を持ち、リナリーも教団においてはかなりの才能を発揮するエクソシスト。
傲りではないが、アレンもそれなりに自身の力を知っている。
アレンは首元の結い紐を無意識に指で絡め、キュッと握り締めた。
「さて、と」
アレンが立ち止まると同時に、並んで歩いていた2人の足も止まる。
数メーター先さえ見えなかった濃霧の道は、一瞬でかつてアレンの見た薔薇園へと景色を変えた。
「なぁんだ・・・薔薇だけはキレイだな、って思っていたんですけど・・・・・幻影か・・・」
「アレン君、帰ったら小さなガーデンを作らない?キレイなお花いっぱい植えて、休みの日はティーパーティーを開くの」
不穏な空気が辺りに充満する中、リナリーはとても明るい声で言った。
「良いですね〜、神田も無理矢理参加させちゃいましょう」
「それが良いわ!アレン君の頼みを神田が断るはず無いもの!!」
会話に笑みを零しながら、ラビは本当に姉弟のような2人を微笑ましく思った。
そして、「年長者は働きますか」と小さく呟き、イノセンスを発動させる。
周囲を取り囲むように現れた何体ものAKUMAに、アレンとリナリーはやれやれと笑いながらイノセンスを発動させた。
「久しぶりだな、アレン・ウォーカー」
変わらぬ嗄れた声に、アレンは内心に渦巻く感情を抑えて微笑み掛ける。
「お久しぶりです議長。あの頃とは随分お姿が変わられたようで・・・あぁ、いえ。とても良くお似合いですよ」
プハッと後方で吹き出す音が聞こえたが、アレンは一応振り返らない事にした。
「神田ユウとは・・・仲良くやっているかね?」
「えぇ、お陰様で」
変化の無い表情に抑揚の無い声。
そんな禍々しい物相手に、アレンはクラウンの微笑みを絶やすことなく言葉を紡ぐ。
アレンが議長と呼んでいるAKUMAを中心に、おそらくは議員だった者達が円を描いて空中で静止している。
いつ襲ってくるか分からないAKUMAに警戒を解く事無く2人はアレンの両脇にまで移動し、背を向け合った。
「役に・・・立たなかったようだ、な・・・ジール、クライズ、は・・・」
「えぇ。醜態を晒すだけ晒して・・・いっそ哀れですよ。あなたが本部に推薦組として差し向けたばかりにね」
ガタガタと議長の身体は震えだし、内側からいくつもの砲塔が突き出す
アレンは左手をスッと掲げると、口許に艶やかな微笑みを浮かべた。
「さ、お喋りはここまでにして殺り合いましょうか?僕、早く還らなくちゃいけないんです」
彼の腕の中に、ね。
爆風が薔薇の園を包み、幻想の花びらが偽りの空へと舞い上がった。
昼間の本部は場所によってはとても静かで、神田は特に北向きにある非常階段を気に入っていた。
通常『立ち入り禁止』と書かれた札が下りているそこは、恋人になる前、よくアレンとはち合わせしていた場所でもある。
元は神田が好んでいた場所にアレンが後から居着いた、という感じだったが。
―――――踊り場の壁に背を預けて座り込んで瞳を閉じれば、あの日々が鮮明に眼裏に甦る。
あの頃はまだ顔を合わせれば争いを繰り返していた為、この非常階段を使用する時、昼間は神田が、夜はアレンが、
という風な暗黙の了解がいつの間にか成立していた。
今では・・・日本の言葉で言うならば『逢い引き』だろうか、と神田は口端を緩く吊り上げる。
アレンは数日前、ヴァチカンへと発った。
地下水路まで見送ると神田は言ったが、アレンは「ジールに見られるとマズイですよ」と神田の申し出を制したのだ。
気怠げに服を身に纏って部屋を出るアレンの背を抱き締め、神田はその首筋に歯を立てた。
ガリ、と噛まれた皮膚の痛みに小さく悲鳴を上げたアレンを見遣ったとき、その瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
『神田・・・?』
咎めるような色は見られなかったが、常ならば有り得ない神田の行動に痛みよりも驚きの方が勝っていたらしい。
血の滲んでしまった痕に舌を這わせている神田に、アレンは何故か可笑しそうに笑い、振り向いて自分からキスを仕掛けた。
数年でさらに開いた身長差を無くす為に背伸びをして両腕を首に絡めると、神田の首に掛けられていた自身のリボンタイを
取り、サラリと流れる美しい黒髪を肩の辺りで結んだ。
『還って来たら、またシテ下さいね?』
離れていた時間思えば、今だって本当は放して欲しくなんか無いんです。
そう唇を尖らせて言う姿が愛らしくて、神田は首に付けた噛み痕の事を一度だけ謝罪し、その背を見送った。
指を唇に触れさせ、アレンの皮膚を噛んだ感触を思い出す。
自分ですら何故突然あのような行動に出たのか、今も完璧には理解していなかった。
他への牽制は必要だが、今回任務に同行するのはラビやリナリー。神田とアレンの関係を知るこの2人には牽制など無用だ。
では何に?
考えてみても答えは導き出せない。
もしかしたら、・・・単に、あの背を見送りたくなかっただけなのかも知れない。
この手の届く場所に、この眼に映る範囲に、いつでも自分が駆け付けられるほどすぐ傍に、アレンが居れば良いと思う。
この腕の中に縛り付けても、アレンはおそらく抵抗するどころか歓ぶ確率の方が高い。
それを解っているクセに、これ以上己は何を望むのか。
神田は自嘲混じりの溜息を吐き、雑念を払う為に鍛錬に行こうと腰を上げた。
―――――――――キィ・・・
非常階段の扉が開く音に、神田はハッとして顔を上げた。
任務が上手くいけばアレンたちは今夜には戻ってくる予定・・・、それが少し早まったのかと、神田の瞳は知らず輝きを灯す。
だが完全に扉が開いたとき、そこに居たのは愛すべき少年では無かった。
寧ろ、その愛すべき少年を害す――――――
「神田さん、こちらにいらしたんですね〜」
アレンは入団当時、完璧なまでのクラウンを演じていた。
あの頃のアレンの笑顔に比べれば、このジールの笑顔など三流役者も良いところだと、神田は内心で舌打ちをする。
それでも神田に対して純粋な恋情を抱いている所為か、他の団員に振りまいている笑顔とは若干違うようだった。
「何の用だ?」
「・・・・・・お話が、あるんですけど」
「手短に話せ。俺は今から鍛錬に行くんだ」
『優しくしてやれ』という言葉が脳裏に浮かんだが、神田はこの場所に自分とアレン以外の者が立ち入る事を許容しない。
それはきっとアレンも同様に、2人にとってココは特別な場所だからだ。
グシャリと前髪を掻き上げてジールを見据えれば、彼の頬は薄く紅潮する。
吐き捨てたいような気分に駆られながらも、神田はジールの言葉の先を促した。
「神田さんは・・・本当にアレンさんが好きなんですか?」
「・・・それをお前が知ってどうなる?」
突然の不躾な質問に、神田はただ淡々と返す。
「こんな事言うのは失礼だと思います・・・でも、神田さんはアレンさんに弱味でも握られているんじゃ無いかと思って・・・」
伏せ目がちに訊いてくるジールを、訝しげに見下ろした。
「弱味?」
「はい・・・あの人、AKUMAに呪われているでしょう?そんな人に縛られている神田さん、僕見ていられなくて―――――ッ」
ザシュッ、・・・・・・短い音が耳を掠めた直後、ジールはその場にズルズルと座り込んだ。
イノセンスこそ発動していなかったものの、神田の愛刀はその刀身一つで人を斬り殺せる。
微かに切れた頬を伝う雫が血だと認識したのは、神田が六幻を鞘に納めてから。
「解ったような口を利くな。・・・お前がアイツの何を知っている?」
間近にある顔に、ジールは赤面などしない。いや、『出来ない』と言った方が正しいのかも知れない。
数日前、初雪の日の夜にアレンから受けた殺気とは全く質の違うモノ。
確かな言葉や表現では言い表せない恐怖に、ジールはガタガタと震える身体を押さえ込む事すら出来ずにいる。
「一つだけ教えておいてやる、ジール・クライズ」
妖艶な瞳は、例え殺気を纏っていたとしても美しい。
神田は風に揺れる結い紐を解き、まるでジールに見せ付けるかのように口付ける。
クスリと細められた漆黒の瞳は闇ほどに暗かったが、奥にある輝きを、ジールは今まで見た事が無かった。
だがそれは、仕方の無い事。
この瞳を向けられるのも、神田の瞳をこんな風に和らげるのも、世界でたった一人だけ。
「この身がアイツのものになる事を望んだのは、俺自身だ」
言うなり、神田は非常階段の扉に手を掛ける。
ジールの頬にはおそらく本人も気付かないうちに雫が伝っていたが、神田は背を向け、そして振り返る事も無かった。
キィ、と・・・閉じられた筈の扉が再び音を立てる。
そこに立っているのが神田で無い事は、上手く動かない思考でも解っていた。
「ジール君、僕の部屋に来てもらえるかな?」
扉の閉じる音は、確かに少年の心に響く。
何かの終わりを、認めさせるように。
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・・・・・・・・・あー・・・ジール可哀相・・・?。
元々、『神田元帥×アレン=誰も踏み入る事が出来ないくらい愛し合っている2人』
が[誓いの口吻]当初からの目的でした。
だから異常なまでに甘い甘い甘い2人だったのです。
そこへ第三者が介入しようと、神田殿とアレン君の思いは決して揺るぎません。
というか、揺るぎないと信じています。
信じさせて下さい((orz
canon 06 02 01 wed