08:偽善
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黄色いゴーレムが裂けた口を閉じると、人払いをしてあった室長室に静寂が訪れた。
あちこちに散乱した資料や本、書類の山。
その中に唯一確保された机とソファを挟んで、黒の教団本部室長コムイ・リーは小さな笑みを口許に浮かべていた。
年甲斐もなく回転椅子の上でクルクルと回りながら、コムイは楽しそうに何かを思案している。
その横顔をアレンもまた楽しそうに見つめ、映像を再生し終えたティムを膝の上に置き、お利口だね、と羽根を撫でてやった。
昨日の夕方に録画しばかりの、ジール・クライズの本性。
ティムキャンピーに映像記録が搭載しているのは知っていただろうに、飛び回るゴーレムに気付かなかったのは彼の落ち度だ。
「アレン君、はっきり言わせてもらって良いかな?」
「何でしょう?」
ピタリと回転椅子を止め、ニコリと笑うアレンに向き直る。
「この件だけでは、君とジール君2人の問題なんだ。彼は推薦組だしね・・・」
室長として、このご時世に要らぬ揉め事を起こしたくない。
しかも彼は『推薦組』だから、元々簡単な揉め事では上は動いてくれない。それはアレンも頷けた。
確かに今の映像を何も知らない者が見れば、神田と恋人であるアレンに嫉妬したジールの僻みだろう。
だが、コムイには解っている筈だ。年若くして本部の室長に成り上がった聡明な彼ならば。
そう信じ、信頼しているからこそ、アレンは彼にこの映像を見せたのだから。
「でも、ねぇ・・・?」
細められた黒い瞳に、アレンは嬉しそうに微笑んだ。
「僕が雪を好きじゃないこと、どうしてジール・クライズが知っていたんでしょうね?」
冷めかけのコーヒーを口に運び、程良い苦みに肩を下ろす。
ただの人間が雪を嫌うなら、大したことではない。
けれどアレンはエクソシスト。様々な場所を問わず任地に赴かねばならない身の上で『雪が嫌い』などとは言っていられない。
内輪だけの秘密にしていたのはその為だ。
今日日のAKUMAは幻覚や幻聴、対象者の記憶を探り出したりと辛辣な事をいとも容易くやってしまう。
アレンは確かに元帥の候補に挙がるほど優秀なエクソシストではあるが、弱点という物があってはならなかった。
神田のパートナーになりたかったのは大前提だが、アレン自身己の弱さを自覚していたから、元帥の座には着けなかったのだ。
「本部に属していてアレン君の雪嫌いを知っているのは・・・ジール君を含めて5人・・・だね」
「本部にいる者だけなら、そうですね」
カチャリ、と陶器の触れ合う音が無駄に大きく響く。
「ヴァチカン、だね」
「えぇ」
1年半前に神田とアレンがヴァチカンに招集された詳細は、その直後珍しく本部にやってきたクロス・マリアンから聞いていた。
頭を下げるという事はさすがにしなかったが、『馬鹿弟子を頼む』とわざわざ言いに来たとき、コムイは心底驚いた。
あの傍若無人で自由奔放な男が弟子一人の為に大嫌いな本部を訪れた。
それも『元帥』の権力を使った命令ではなく、旧友としての『頼み』を、コムイは断る事など出来はなかった。
(まぁ、頼まれなくても協力は惜しまなかっただろうけど・・・・・・クロスもまだまだだねぇ・・・)
クツクツと笑い出したコムイにアレンは首を傾げ、何でも無いよ、という答えに苦笑で返した。
「コムイさん、任務と称して僕をヴァチカンに行かせてもらえませんか?」
「一人で?神田君は?」
「1年半の憂さ晴らしには神田にも手を出して欲しくないから、今回は一人です」
「・・・アレン君、無茶はしないように」
コムイは深く腰掛けていた椅子から立ち上がり、アレンの傍らに立つと真っ白な髪をクシャリと撫でた。
頭を撫でられるという行為自体、アレンは嫌いじゃない。
人にも依るのだろうが、コムイは許容範囲らしい。
・・・その手の大きさが、何となくマナと似通っているのも一つの理由で、同じように師からそうされる事も嫌いではなかった。
もちろん、一番は愛しい恋人であるけれども。
「はいはーい!ちょっと待つさー!!」
バンッと開け放たれた扉を振り返れば、そこにいたのはラビとリナリー。
「私たちにまで黙っている事はないでしょう?アレン君、兄さん」
カツカツと歩み寄り、リナリーは人差し指をビシッとアレンの顔に突き付けた。
「アレン君、あの時私言ったわよね?『私たちは仲間だ』って」
有無を言わせない彼女の口調にたじろぎながらも、アレンは首を縦に振る。
「っと、言うわけでコムイ。俺とリナリーにも任務くれさ。今のとこ他の任務入ってねぇんだろ?
もし別任務が入ったらヴァチカンから直で行くし・・・な!リナリー?」
「えぇ、それで構わないわ」
2人の同行はすでに決定事項らしく、コムイとアレンは顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
「出発は今夜、それまでに準備しましょう?」
「ここからヴァチカンまでそんなに掛からないだろうからね、列車の一等席を二つ取っておくよ」
詳細は列車の中で、という話に落ち着き、3人は荷造りのために一度解散する事になった。
ラビとリナリーが先に室長室を出るのを見送り、アレンはコムイを振り返ってスッと頭を下げる。
自分の行動は、その全ては、神田と共に生きたいがための我儘だと。
こうしてコムイやラビやリナリーを巻き込んでも、それでも叶えたい未来が有るから、嬉しくても申し訳なくて・・・・・・。
突然のアレンの行動に目を見開いたが、コムイはすぐに穏やかな笑顔を浮かべてアレンの肩に手を置き、顔を上げさせた。
「君は君の幸せのために生きれば良いんだ。それが・・・神田君の幸せにも繋がるんだから」
自分の人生を悲観視しようとは思わない。それでも、神田と一緒にいる時間は泣きたいくらい幸せなのだ。
物心ついたときから他人に何も望もうとはしなかった。
それも『愛』など、聞くだけで冷淡な視線を投げ掛けていたというのに、彼にだけは・・・愛されたいと願ってしまった。
言葉や態度で『神田ユウ』という存在を拒絶し続けていたけれど、自分でも気付かないうちにどうしようもなく愛されたくて、
矛盾だらけで泣きじゃくる僕を、彼は愛してくれたから。
手に入れた幸福を手放す事は出来ない。
幸福だと思える存在を、奪おうとする相手も野放しにしてはおけない。
アレンは真っ直ぐコムイを見据え、口の端をキュッと引き結んだ。
「僕は・・・コムイさん達の優しさを利用しているんです」
「それは僕等だって同じだよ?君達エクソシストの力を利用し、世界の存続の為に闘って貰っているんだから」
ゆっくりと、緩慢な動作で首を横に振る。
「エクソシストになるのは、自分で決めた事です」
「クロスが無理矢理、じゃないの?」
可笑しそうに笑うコムイにつられて頬を緩め、アレンはもう一度深く頭を下げた。
罪悪感だけでは無く、その姿勢には『礼』が込められている気がして、コムイはアレンが自分から顔を上げるのを待って口を開く。
「勝手な言い分だけれど・・・世界の存続は君達への未来に繋がる。同じように、未来の為には闘わなくちゃいけない」
室長としての瞳に、エクソシストとしての眼差しを返した。
「その為にも、今夜発ちます」
踵を返して部屋を出ていくアレンの背中が扉の向こうに消えるのを見届け、コムイは大きく息を吐いた。
「僕は間違っているかなぁ、リーバー君」
特に目標を定めず個人の名を口にすれば、呼ばれた人物が部屋の奥にある扉から頭をガリガリと掻きながら現れる。
片手に入れ立てのコーヒーを二つ持ち、一つをコムイへと渡した。
「アレンは室長に『ありがとう』って言ったんでしょう?そんな事口にするのは反則ッスよ」
「直接言われてはいないよ?」
戯けたように肩を竦めてみせる男に対し、リーバーは呆れたように肩を落とした。
「なぁに捻くれた言い方してんスか。三十路前の癖に」
「リーバー君、今月減給」
科学班班長の叫び声を無視しつつ、コムイは部屋を出て行ったアレンの背中を思い出す。
「本当に・・・彼らは互いをよく知っているね」
そして、よく似ている。
先刻ここを訪れた漆黒のエクソシストの背を思い出しながら、カップの中で揺れる液体を口に運んだ。
カツン、と鳴り響くブーツの音に耳を傾けながら、アレンは一つの扉の前で足を止めた。
未だに誰もが近付こうとはしない者の扉を躊躇いもなく数回ノックし、応答の声が聞こえてからノブを回す。
イノセンスである刀を手にしていた神田はアレンの姿を認めてそれを傍らに置き、近付いてくる恋人に無言で片手を差し出した。
白すぎる手が重なったと同時に、神田はアレンを引き寄せる。
「任務に、行って来ます」
「・・・そうか」
「はい」
微笑みを浮かべ、アレンは神田の膝の間に身体を割り込ませる。
その行動に何ら疑問を抱く事はなく、神田は肩にもたれ掛かったアレンの髪を優しい手付きで梳いた。
「内容は?」
「恋路の邪魔をする人をやっつけに、です」
「任務地はヴァチカンだろ?」
「さすが神田、ご名答です」
即答された答えに、漆黒の瞳は不穏に揺らいだ。
「ジール・クライズの後ろ楯か」
棘のある声で告げられた名前にアレンはクスリと笑い、「あぁやっぱり性格が悪いな」と内心で苦笑混じりに呟いた。
「大丈夫ですよ?ラビとリナリーも一緒です」
「お前のパートナーは俺だ。ジールに勘付かれたらどうする」
アレンは神田の顔の前にピシリと人差し指を突き付けた。
「ですから、神田にお願いしたいんです。不自然にならない程度に、ジールに優しくしてあげて下さい」
まさかアレンがそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。神田は目を瞠り、幻聴ではないだろうかとアレンの顔を覗き込む。
ジールにあれ程の殺気を放っておきながら、今度は『優しくてやれ』というのはどういう事なのか。
「昨日のアレで自尊心を随分傷付けたみたいなんですよね・・・さすがに可哀相ですから・・・」
「嘘吐け」
続く言葉を遮られた事に不満も唱えず、アレンは頬に触れた艶やかな黒髪に手を伸ばし、口付ける。
「可哀相だと思ったのは本当ですよ。・・・それと、僕から神田を奪おうという考えは比例しないだけです」
アレンは神田の首に腕を絡めて甘えた仕草を取る。
ここには2人以外誰もいないというのに、それはまるで他への牽制のようにも見えた仕草で。
「こんな風にさせるのは絶対ダメですよ?ジールは言葉だけで十分舞い上がります。他でも無い神田からの言葉なら」
もちろんコレもダメです、と神田の唇に自分のそれを重ねた。
チュッと音を立てて口付けるアレンが愛しくて、神田はアレンの腕を引いてベッドに倒す。
突然の事に多少驚きながらも、アレンは嬉しそうに微笑んで覆い被さってきた神田に両腕を伸ばした。
「出発は?」
「夜です。列車での移動ですから・・・」
後に続く言葉は無く、銀灰色の瞳が漆黒を誘うように細められた。
「『全部終わったら』じゃなかったのか?」
記憶に新しい言葉を今度は神田の口から聞く事により、アレンは少しだけ頬を膨らませる。
昨夜自分でそう言っただけに、思い出してしまうと多少罰が悪い。
揶揄するような視線から逃れるように顔を背ければ、顎を取られてガッチリと目が合ってしまい、アレンは小さく息を吐いた。
「イジワル・・・」
クツクツと笑う神田を抱き寄せ、首筋を吸い上げる。
『ジールに優しく・・・』と言った手前、出来るだけ人の目に留まらない場所を選んで。
「陽が暮れる前には放してやるよ」
「放さなくても良いですけど、任務に支障が出ないくらいでお願いします」
しなやかに筋肉のついた背中に腕を回し、本当に久しい肌の感触にアレンは微睡みすら覚えてしまう。
肌身離さず身に着けている結い紐を解く指先に口付ければ頭上から小さな笑いが降り、愛おしむようなキスが額から頬、
唇へと与えられていく。
「んっ・・・」
体温の低い指先が肌に触れた瞬間、ビクリと背を撓らせた。
脇腹を這う長い指先が胸の飾りに辿り着き、執拗と思えるまでに愛撫を繰り返す。
その度に色付いた唇から洩れる喘ぎに目を細めながら、神田はアレンの鎖骨に赤い花を咲かせた。
アレンは神田の後ろ頭に手を回し、結われた銀と黒のストライプのリボンを解く。
「ずっと・・・着けていてくれたんですね」
「お前も着けてたじゃねぇか」
先程襟から引き抜かれた結い紐を見て、アレンはフッと口許を緩める。
「すみません。ずっと眠れなくて・・・神田の物が傍にあれば少しは眠れるかなって・・・」
「効果はあったかよ」
「昨夜は、今までが嘘みたいにグッスリでした。夢も見ませんでしたし」
本当に嬉しそうに言うものだから、神田は苦笑をもらして『そうか』とだけ返した。
器用に片手でベルトを外し、華奢な細腰を片腕で浮かせて下肢の衣類を剥ぎ取る。
アレンは訪れた寒さに震えたが、すぐに与えられる熱を待って瞳を閉じた。
上半身にいくつもの所有印を残しながら下肢へと舌を這わし、快感に反応していたアレン自身を口に含む。
「ア・・・ッ!!」
熱い舌が絡み付く感触に堪えきれず、アレンは高い声を上げた。
「ん、んっ・・・は、ぁ」
ピチャピチャと響く音にはどれだけ同じ事をされても慣れず、手を伸ばして神田の髪に触れる。
決して引き剥がそうとするわけではなく、だからといって誘っているわけでもない。
ただ行き場の無い快感に身を震わせて、堪えるようにパサリと顔を背け、空いていた方の手で思い切りシーツを握り締めた。
「あ、ゃっ、か・・・んっ」
コクリと喉の鳴る音がして、神田を濡れた唇を拭いながら顔を上げる。
「早いな・・・」
「っ、ぁ、は・・・・・ね、もぉ・・・」
潤んだ瞳で強請られ、誘いに応じない男がこの世界の何処にいるだろうか。
白銀とも思える白い髪は実年齢には相応しく無いし、左目の傷痕もその痛々しさに同情を買うかも知れない。
イノセンスを宿した左手も、普通の者達から見ればただ奇異なだけだろう。
けれど・・・アレンに想いを寄せる者からすれば、そのどれもが『アレン・ウォーカー』を構成するに必要なのだと知っている。
アレンは神田に向けられる視線には驚くほど敏感だが、その反面、自分に向けられている視線の数々にはまるで気付かない。
いや、例え気付いていたとしても、自分には関係無いものだと振る舞うのだろう。
アレンが心を許すのも、身体を許すのも、世界でたった一人だけなのだから。
以前アレンを無理矢理手にしようとした探索部隊は本部に配属されて日も浅く、その数日前にアレンが
神田のものになっていた事など知る由もなかった。
探索部隊とエクソシストでは元々力の差があるが、アレンは師であるクロスから武術も習っていた。
アレンによってその場で簡単にねじ伏せられた探索部隊は『もう二度とそんな気は起こさない』と誓い、
アレンも眉を顰めてはいたものの結局は頷いたのだが、何処からかその情報が神田の耳へ届いたのだ。
彼が翌日教団から姿を消した事など、アレンは未だに気付いていない。きっと、それ程にどうでも良い相手だった。
その出来事は瞬く間に教団中に広がり、あの日以来アレンに恋情を持った者は近付かなくなった。
例えいたとしても、遠くから見つめる、という可愛らしいものばかり。
大抵アレンの隣にいる漆黒のエクソシストを思えば、『遠くから見つめる』という行為すら危ういのだが。
「は、ぁんっ・・・あ、か、・・・だっ」
秘められた場所を掻き回す指に翻弄され、アレンの紅潮した目許にうっすらと涙が滲む。
キスをして涙を舌で掬い、同時に火傷しそうに熱いアレンの中から指を引き抜いた。
「あっ、神田・・・」
「アレン・・・」
十分に慣らした蕾に自身をあてがい、誘うように収縮を繰り返すそこへゆっくり腰を進める。
初めてアレンを抱いた時を思い返せば、随分成長したものだと神田は口許に笑みを浮かべた。
その笑いに、アレンは熱に潤んだ瞳を不思議そうに瞬かせる。
何でも無い、と耳元で囁かれ、その甘いテノールにすら意志と無関係に身体が跳ねた。
「っ、あぁぁっ・・・!!」
身体を満たしたものが入り口まで一気に引き抜かれ、すぐに最奥まで押し進められる。
どこが感じるか熟知した神田はその周りを執拗に攻め、アレンが望む場所をわざと逸らして腰を打ち付けていく。
「やっ、あ、あんっ!かん、だ・・・そこ、ちがっ」
「ここ、か?」
「ふぁ、んっ・・・あ、神田ぁっ」
笑みを含んだ声に目を上げれば妖艶な顔が目に入り、アレンはその美しさに恍惚とした笑みを返した。
美しく気高い東洋のエクソシスト。
至高のオニキスの瞳も、絹のような髪の一筋も、全て自分に与えてくれると言った人。
その背に縋るように爪を立て、左胸の上に刻まれた文字へと口付け、跡を残す。
不思議そうに見下ろした美しい彼を見上げ、アレンは唇をゆっくりと動かした。
「もっと、愛して?」
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糖分には十分お気を付け下さい。
人体に害を及ぼしますからね、糖度は・・・!!
『ヤキモチ(?)を妬くのはアレン君だけじゃ無いのです。神田さんもです』
という事が、一番ですかね。
ヤキモチというか何というか、嫉妬と自覚する前に排除するタイプですね、殿は。
そろそろ終わりますね・・・見て下さってありがとうございました((orz (まだ言わなくても良いか・・・)
canon 06 01 30 mon