10:結果論


ジール・クライズという人間の行動は、確かにクラウンを演じる点だけはアレンと同様だったがその演じ方には差があった。 他を惹きつけてやまない・・・けれど深くは関わらせないアレンとは違って、ジールは自分から他へ近付く事が多かった。 他へ近付くということは多くの情報を得るということ。 そして同時に、『聞き出した情報と自分が訊いたという情報を守らなければならない』リスクを伴うのだ。 神田が調べたところでは、ジールは一部の探索部隊やエクソシストに報酬として身体を差し出している。 若干16歳の子供が何故そこまでする必要があるのか把握しきれないが、そんな事はどうでも良かった。 以前の神田は一介のエクソシストだったが、現在は元帥の立場にあるため教団内でもある程度の権力を持っている。 脅しをかけなくとも一睨みして問えば、ジールからアレンの情報を訊かれたと言う者たちは色々と喋ってくれた。 それらを聞いた時から、ジールが標的を残して周りの城壁を崩すタイプだと解ったので簡単だった。 雪の中で倒れていたアレンを見つけたジールの瞳は、隠しようも無く歓喜に満ち満ちていた。 アレンの弱点を知る者は極端に少ない。 その時点で、ほぼ100%・・・ヴァチカンがジールの背後にいる事は憶測では無く確信を得た神田は、アレンを見舞った 後で室長室へと足を運んだ。 「アレン君が倒れたらしいね」 いつ訪れても乱雑な室長室へ入った途端に声を掛けられ、神田は口元を綺麗に歪めた。 教団内で起きる情報の全てをコムイは誰よりも早く入手する事が出来る。 というのも、教団内の至る所に設置された超小型カメラの映像が24時間、常に室長室の本棚の後ろにある数十台もの パネルに転送されてくるのだ。 「ジール・クライズの推薦者は、ヴァチカンの最高議会の長なんだろ?」 「まぁね」 神田がソファへ腰を下ろしながら言うと、コムイは引き出しの奥から何枚かの書類を取り出した。 そこにはジールの経歴やイノセンスとのシンクロ率、個人情報、推薦者の印など・・・容易く人の目に曝してはならない 事柄が書かれていた。込み上げそうになる嘲笑を喉で殺しつつ、神田はコムイに視線を投げかける。 「ジールは獲物を残して周りを攻める。城壁が全て崩れたところで嬲り殺すタイプだ」 「君とは正反対だね」 「回りくどい事するくらいなら、さっさと終わらせた方が楽だろ」 「・・・・・・ま、いいや。それで?」 「エクソシストや探索部隊の一部がジールにアレンの情報を訊き出されてんのは知ってんだろ?」 静かに肯くコムイを見遣り、言葉を続ける。 「だが探索部隊やそこら辺のエクソシストの持っているアレンの情報はクラウンのものばかりで、たいした情報にはなら ねぇ。ジールはよりアレンに近い人間から情報を得ようとする筈だ。俺が答えるなんて思ってねぇだろうから・・・ラビや リナリー辺りにな」 「ラビは無いでしょー?彼は一見飄々としているけれどブックマンを継ぐ者。ジール君の中では要注意人物の筈だよ」 「解ってる。だからお前のとこに来たんだよ」 「自分で言えば良いじゃないか。『恋人が大事だから情報を訊き出されそうになったら適当にはぐらかしてくれ』って」 ジール君から声が掛かる可能性のある・・・僕の大事な妹に、ね。 そう目だけで伝えてくるコムイをきつく睨み付けながら、神田は小さく舌打ちをした。 「兄のお前が言う方が素直に受け入れるだろうが」 「さぁ、どうかな?リナリーは我の強い子だからね・・・・・・なぁんて・・・心配は無いよ」 カップを口に運び、口腔を潤して神田に笑みを向ける。 その笑顔はやはり兄妹というべきか・・・リナリーとよく似ていた。 「彼女は僕の妹なんだから」 リナリーは大切な『家族』を売るような真似をする少女では無い。 元より、コムイの血を分けた妹という時点ではラビよりも要注意人物として認識しておかなければならない少女だ。 下手な行動は慎んでおかなければ、リナリーが悪影響だと判断した情報は全て兄であり、室長でもあるコムイの耳へと入る。 それを、おそらくジールは知らないだろう。 この兄妹は全てを水面下で巧妙に成し遂げる術を知っている。 肉親だからこそ、言葉にして伝えなくても空気だけで感じ取ったりと・・・様々な事が可能だった。 ソファから腰を上げてコムイに背を向け、・・・不意に神田は振り向いた。 「おそらく、アイツはヴァチカンに行くと言い出す」 「止めないのかい?っていうか君は行かないの?」 「1年分のストレス解消には良い相手だ。アイツが一緒に行くと言えば行くが・・・可能性は低いな」 「どうして?」 漆黒の青年は、緩く口元を吊り上げる。 「自分の獲物だと定めたヤツを横取りされるのは嫌いなんだよ。俺も、アイツもな」 本当に、事は上手く運んだ。 あれからはジールが神田の思惑通りに動き、それは破滅への道だった。 アレンに対しての闘争心が『城壁を落とす』事へと繋がり、リナリーはコムイに言われなくともジールに適当な嘘の情報を与え たらしい。ラビが共に動いたのは予想外だったが、ラビだってアレンが可愛くて仕方ない者の一人だから不思議ではない。 コムイが多少の危険を伴ってヴァチカンから盗み出した過去1年の資料の中にもいくつか不自然があった事で疑いは高まり、 アレンはラビとリナリーと共に忌まわしい場所へと旅立った。 煙を吐き出しながら、神田は地下水路の地面に灰を落とした。 以前ラビが土産だと言って買ってきた煙草の残骸は、神田の足下に1箱分ほど散らばっている。 もう何本目か分からない吸い殻を1本、また1本とブーツの踵で押し潰し、最後の1本に火を点けようとしたとき、 遠くから押し寄せる波紋に、岸辺が波打つ。 神田はフッと口端を吊り上げると、火を点けなかったままの煙草を胸ポケットに仕舞い込んだ。 徐々に聞こえてくる話し声の中に愛しい少年の声も確かに聞こえ、今までの思考を振り払って音のする方へ向き直る。 「ガーデンには薔薇以外の花もあった方が良いかしら?」 「そうですね・・・比較的小さい花とか、匂いの無い花とかどうですか?薔薇を引き立てる為に」 「えーっ、俺ひまわりとか好きなんだけど・・・」 「ラビも作れば?ひまわり畑。素敵じゃない」 「うゎ・・・すっげー疎外感・・・・・・、」 何の話をしているのか・・・、とりあえず会話の明るさから3人が深手を負っていない事だけは判り、安堵した。 チャプンと波が音を立てて舟が現れる。 「何わけのわかんねぇ事話してんだ、お前ら」 「おっ、ユウじゃん!お迎えご苦労さーん」 「ちょっと神田!またこんな所で煙草吸ったわね!!?」 片手を上げて笑うラビに、眉を吊り上げて怒るリナリー。 「神田・・・・・・!!!」 喜びに満ちた声が地下水路に響き渡り、ダンッ!と舟の底を蹴って跳躍したアレンは岸に着く前に神田の胸へと飛び込んだ。 かなりの勢いをつけて抱き付いたのだが、神田は後方に少しもよろける事無くアレンを抱き留める。 肩口に頬を擦り寄せるアレンの髪を梳き、久しい感触に微笑む。 「ただいま」 「おかえり」 可愛いキスを一度だけ交わしたところで、下りてきたラビとリナリーが同時に咳払いをする。 「こっちは疲れて帰って来たっていうのに、いきなり見せ付けんなよなぁ」 「女々しいわよラビ。男の僻みは虚しいだけだもの」 リナリーの鋭い突っ込みに肩を落とすラビを見て、アレンは小さく吹き出した。 神田の胸に擦り寄って、絶えずクスクスと笑みを零しながら、不意に妖艶な笑みを浮かべて愛しい人を見上げる。 「ねぇ、神田・・・・・・」 いつもより低く、そして艶やかなアルト。 酷く嬉しそうな瞳と雰囲気を纏った少年に、神田もフッと目を細めた。 気付いたか・・・と。 「ジール・クライズは何処に行ったんですか?」 アレンの言葉に、ラビとリナリーは神田を見つめる。この2人も、アレンの言葉とほぼ同時に気付いたようだ。 この黒の教団本部に、出発前まではあったジール・クライズの気配が存在しなくなった事に。 「アイツがここに来たのは議長の推薦だったんだ。AKUMAのな・・・・・・取り消しになって当然だろ?お前達が帰って来るより 随分前にコムイが直々にアイツに話した」 要するに、推薦権を剥奪されたエクソシストが本部に身を置いておけるわけがない。 おそらく、どこかの支部にでも左遷されたのだろう。 アレンは神田からスッと離れると、大きく伸びをして肺一杯に空気を取り込む。 狭く閉ざされた空間から這い出したように伸びをするアレンに次いで、ラビやリナリーも同じように息を吸っては吐いてを何度 か繰り返した。 この日、ようやく日常が戻ってきた。 神田はベッドの上に座って壁に凭れ、膝に跨った状態で下肢に熱を咥えこんでいるアレンを軽く揺さぶった。 抜かないままで中に吐精した直後とあって、アレンの内側はいつもより敏感に反応する。 短い嬌声を上げる唇を塞いで舌で粘膜を辿り、強すぎる快感に逃げようとする舌を軽々と捕まえ、絡め取る。 初めは慣れたもので息継ぎも上手くやっていたが、あまりに執拗なキスに耐え切れなくなったアレンは珍しく根を上げた。 「ま、ッ、くるし・・・ぃ」 頬を紅潮させて背に流れている黒髪を軽く引っ張ってみたが、神田はアレンが喋れる程度に呼吸をした事を確認すると 再びチロリと覗いていた舌を激しい口付けで吸い上げた。 キスだけで失神してしまいそうだと思うのは酸欠の為か、強すぎる快感故か。 唾液を送り込めば半ば意識の飛びかけたアレンは健気に飲み込み、そんな様子に神田は満足気に笑った。 目尻に浮かんだ涙を口付けで拭い、肩に額を押し付けて息を整えているアレンの髪を掻き上げて耳の後ろにもキスをする。 降参か?と、微かに情欲に濡れた声で問えば、アレンにとっては甘すぎるテノールだったのかビクリと肩を震わせ、意地悪 そうに笑っている恋人の肩を軽い力でカリッと咬む。 歯形を薄っすらと残しただけのそれは、ヴァチカンへ旅立つときに神田がアレンへ付けたものより随分薄かった。 「もっと強くやっても良いぜ?」 虚ろな瞳のアレンは「そう?」と一度だけ問うように神田を見上げ、ゆっくりと・・・出来るだけ痕の付き易そうな場所を選ぶ。 少し躊躇いながらもガリッと音がしそうな程咬みつき、じわりと口に広がった鉄の味に思わず眉を顰めた。 傷口に舌を這わせ、恋人の表情を伺い見る。 「平気、ですか?」 「まぁな・・・どうせすぐに消える・・・・・・」 吐息に混じって吐き出されたような言葉に、アレンは寂しさが募って衝動に駆られるまま自分からキスを贈った。 両腕を首に回し、その拍子に少しだけ肉壁を擦った神田の牡を無意識に締め付ける。 当然その快感はアレンにも伝わり、けれどアレンは気にしないように努めて神田へのキスに意識を集中しようとしたのだが、 「ッ、ぁん・・・・!!」 突然の下からの突き上げに背を反らせ、堪らないというように首を何度も振る。 予告も何も無しの唐突な快感に酷く弱いアレンは断続的な喘ぎを室内に響かせ、縋り付く様に回した両腕の力を一層強くした。 「あっ、ダメ、またイッっちゃ・・・!」 「何度だってイケば良いだろ・・・ほら、緩めると零れるぜ?」 「ん、ぁう、アッ」 感じるところをグルリと回されて突かれ、アレンは焦らされながら4回目の精を吐き出す。 喘ぎ続けた為に喉がひり付いている事を見抜いた神田から口移しでベッドサイドにあったワインを飲まされたが、全てを嚥下 出来ずに細く白い首に幾筋かの赤い線が零れた。 それを鎖骨の辺りから舐め上げた神田はアレンの首筋をきつく吸い、ワインよりも濃い紅をそこへ刻んだ。 くたりと身体を預けてくるアレンをベッドに寝かせて中から自身を引き抜き、容赦なく溢れたモノを見てフッと笑う。 「明日は立てねぇかもな」 「ん・・・任務の予定無いですから、平気です・・・・・・」 薄っすらと汗をかいた額に張り付いた髪を払い、露になった呪いに優しく唇を落とす。 全てを許されている錯覚に堕ちてしまうのは、きっとこの青年だから。 気持ちの良い体温、重さ、生きている鼓動・・・・それら全てが酷く愛おしく、アレンは泣きたくなるような感情に苛まれた。 別れの時など訪れなければ良い。 彼と共に永遠を生きる事が出来るなら、この魂をノアにでも売ってしまいたくなる程。 神田が望まないから、そんな事は口にすらしないけれど。 「傍にいて」 アレンは内に在る想いを言葉にするのが極端に下手で、それを理解している神田は不安定な心を抱き竦める。 大人びた表情を見せる事の多いアレンの心は、どこか数年前に置き去りにされたまま。 繰り返したくない過去を持つ少年は、どれ程歳を重ねてもアレンから離れる事は無いだろう。 『傍にいる』と、言葉に出すのはとても容易く、・・・簡単に言えてしまう言葉だからこそそれは『約束』なのだ。 破られても仕方無い、諦めにも似た感情が初めから含まれる。 そんないい加減な気持ちを吐く事など、神田には出来なかった。 コムイやリナリーのように血の繋がりでもあれば、それだけでもアレンは安心出来るのだろうか・・・。 ふと思い付き、神田はすぐ傍に立てかけてあった六幻を手に取った。 スラリとした刀身が鞘から出され、アレンはその様子を不思議そうに見詰める。 切っ先が自分に向けられることは無く、けれどアレンは、神田になら殺されても構わないと思った事があった。 AKUMAに討たれるくらいなら、恋人の手で死に招かれる方が幸福に違いない、と。 過去を思い出していたアレンは意識を目の前の現実へと戻し、途端―――――息を呑んだ。 「神田―――――ッ!!?」 悲鳴にも似た声と共に、神田は自分の左手首に押し当てた六幻の切っ先を深く突き立てた。 ボタボタと落ちる鮮血に目を奪われていたアレンはハッとして起き上がり、痛みを訴える腰を無視して神田の左腕を取った。 「何してるんですか!!早く止血しないと・・・」 「アレン」 「な、に――――ッ、ん・・・!?」 口の中に鉄の味が広がり、アレンは大きく目を見開いた。 神田の左手首を咥えさせられ、流れ込んでくる血液を容赦なく嚥下させられる。 しばらく強引に血液を飲まされていたが、神田の持つ治癒能力が傷を塞いでいく時になってようやくアレンは開放された。 「急に何するんですか・・・ッ」 「混ざれば良いと思っただけだ」 「混ざる?」 神田はアレンの滑らかな肌を指で辿り、心臓の真上を指差す。 「“個”として生まれた者は死ぬまで一人だ。でも、お前はそれだけじゃ満足しないんだろ?」 「え・・・?」 「身体の一部を切ってやるわけにはいかねェからな。ソレで我慢しろ」 「・・・血、ですか・・・・」 頬を撫でる手に自身の左手を重ね、アレンは泣く事を堪えるような表情で瞳を閉じた。 そして自分の右手の親指を口に含んで躊躇う事無く皮膚を裂き、目の前にある神田の左胸に指を伸ばす。 綺麗な象牙の肌に馴染んでいる文字は、まるで生まれてきた時からそこにあったように自然だった。 ―――――文字の上を、血に濡れたアレンの指がなぞる。 複雑に曲がった黒の文字はアレンの紅と重なり、一言では言い表せないような色彩を浮かべた。 なぞり終えると、口の端に緩く弧を描いたアレンは神田の背に手を回し、ソッと―――――・・・左胸の呪へと唇を寄せた。 「――――・・・を」 「?・・・何だ?」 首を傾げた神田に「何でもありません」と微笑み、アレンは柔らかなシーツの中に身を埋めた。 久しぶりの平穏な朝陽を迎えるまで残り数時間。 明日はラビやリナリーにも任務の話はきていないので、早速ガーデンを作り始める事だろう。 薔薇の咲き乱れる場所は神田の好むとこでは無いが・・・アレンに甘い彼は、きっと嫌そうに付き合ってくれる。 侵される事の無い目覚めの時まで、残り数時間。 「おやすみなさい、神田」 例え何が起ころうとも、僕は君の下に還る。 君が僕を護ると言うなら、僕は君の幸福のために生きるから。 だから
『―――――・・・誓いという名の口吻を』
The END back
・・・・・・・・・・長かった lllorz 詰め込んで詰め込んで1話ずつが長かった気がします。 それでも読んで下さったお姉様方、本当にありがとうございました・・・!! うぁぁああ楽しかったです神田元帥ぃ―!!///// 愛故に黒いアレン君も書いていてとっても嬉しいやら可笑しいやら・・・(腐) 自分の中の至上主義がほんのり満たされました(笑) ではでは、ご愛読頂きありがとうございましたv 一言でも頂ければ舞い上がりますv canon 06 02 10 fri
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