03:インプリンティング


ガタンッと椅子を蹴倒し、大元帥二名は口許と目許を引きつらせた。 思春期の男に見合わない華奢な体躯を本棚から離し、西洋人形のような作り物の笑みを浮かべて間合いを詰める。 「立ち聞きするつもりはなかったんですが、耳に入ってきてしまって・・・・・・不可抗力ですよね?」 クスクスと笑ってはいるが、明らかに目は笑っていない。 クロスは三年間アレンと共に暮らしてきたが、これほどに冷たい笑みを作る弟子を見たのは過去一位だろう。 まともにやりあえばアレンに勝ち目は無いが、クロスは昔からこの目には勝てた試しが無かった。 「お、落ち着け馬鹿弟子」 「僕のどこが落ち着いていないって言うんです?・・・・・・あぁ、ティエドール大元帥、お久しぶりです」 神田の師匠であるが故に、アレンは自分の師に向けるものよりは好意的な微笑を浮かべる。 後日談だが、ティエドールはこの時ほど神田の師匠で良かったと思った事は無かったそうだ。 「ところで師匠、神田のパートナーが・・・・・・ジール・クライズ・・・って言いました?」 口にするのも耐え難い苦痛だ、と表情と声音が告げる。 肩まで伸びた白銀の髪を指に絡めては解き、無言の圧力を師に九割、残り一割をティエドールへと向けた。 「お前がジール・クライズを嫌う理由は解る・・・だが、これは仕事だ。お前は神田の恋人である前に一人のエクソシ――――」 「それ以上言えば、撃ちます」 発動させた左腕を真っ直ぐにクロスへと向けるその口許からは笑みが消えている。 ((・・・・・・・・・・・・本気だ)) 「それに、別に嫌っているわけじゃありません。物凄く、気に入らないだけです」 かつて大元帥たちの心をここまで脅かす者がいただろうか。 今のアレンであれば、銀灰色の双眸だけで宿敵の千年公を仕留める事が出来るに違いない。 それを疑う余地の無い絶対零度の世界は、実際には夕陽の降り注ぐ温かな書庫室の一角である筈なのに。 「ねぇ師匠、僕・・・これでも我慢しているんですよ?ジール・クライズよりは1年も先輩っていう立場だし、 カンダからも良い子にしてろって言われてますから。それなのに・・・・・・」 二人は願った。いっそ消え去りたい、と。 「神田を狙っているジールがパートナーだなんて、許されると思いますか?」 『許されると思いますか?』ではなく、『許すと思いますか?』と聞こえた二人の聴覚は素晴らしい。 丁寧な口調で紡がれる言葉の節々には明らかな敵意が根付き、聞く者が安らぐアルトには隠しようもない殺意が芽生えていた。 長年の経験や戦闘で鍛えられた洞察力が徒になったというならば、二人は貝になろうと口にはせず思う。 そもそもジール・クライズとは、アレンが教団に来て神田と恋人になった半年後に入団してきた少年だ。 年齢はアレンより一つ下の16歳。 アレンとさほど変わらない身長に少しウェーブの掛かった長目のブロンド、それによく映える大きな蒼い瞳。 入団当時は人懐っこい少年だと過去のアレン同様皆から可愛がられていたのだが、ジールの性格は神田に出会ってからは 一変した。いや、本来の性格が神田と出会った事により花開いたと言うべきか。 神田に出会った時の第一声が、 『僕はあなたに出会う為に生まれてきました!!愛してます、カンダさん!!!!!!!』 そして抱き付いたのだ。 隣にアレンがいたにも関わらず、大胆に。 誰もが心の中で悲鳴を上げたのは言うまでもない。 その直後、アレンはジールを引き剥がして神田の首に両腕を回し、深い口付けを仕掛けた。 突然のことに神田は驚いていたが、アレンが人前で自らキスをした事に気を良くし、好きにさせていた。 見せ付けるように牽制した行為にジールは口を開けたまま静止し、その場にいたコムイ、ラビ、リナリーは 笑いを抑えるのに苦労したらしい。 その日からジールはアレンを恋敵とみなし、アレンの目を盗んでは事ある毎に神田に付きまとっている。 もちろん、神田とアレンは同意の上の恋人なのだからジールの入る隙間は無いのだが、彼は気付いていない。 仮に気付いていたとしても、最近の彼はそんな事もお構いなしにアプローチを繰り返す始末。 神田がどれほど悪態を吐いてもめげず、この頃はアレンの真似をして髪まで伸ばし始めた。 『ハッ、ご苦労な事だな』 神田からしてみればアレンの髪を気に入っているだけで別段長い髪が好きというわけでは無く、 それ以前にアレン以外の者の髪に興味は無いというのだから、本当にご苦労な事だった。 「師匠、ラビのパートナーをジールにして欲しいとは言いません。でも、僕はカンダのパートナーになりたいです」 上目遣いで見上げる目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。 当たり前だが、嘘泣きだ。自分の涙目に師は勝てないと熟知しているからこその涙目、加えて上目遣い。 解っている筈なのに、クロスは『否』とは言えない。 ここで拒否すれば後が怖いのも理由の一つだが、基本的にクロスはアレンに甘い。 お願いされて聞かなかったのは、アレンを教団に向かわせる際、金槌で殴った時くらいだ。 「師匠・・・」 「っう・・・・・・・・・・・・わ、わかった・・・・・・」 「本当ですか!?」 目を輝かせるアレンに、クロスとティエドールはほっと息を吐いた。 可愛い子には笑顔でいて欲しいと思うのは誰しも共通するのではないだろうか。 「ティム、今のちゃんと録画した?」 にこやかに宙を見上げたアレンの問いに、ティムキャンピーは羽根を大きく動かす事で肯定を示す。 クロスとティエドールは、蒼白になった。 「師匠、男に二言はありませんよね?ティエドール大元帥も証人になっていただけましたし、僕はこれで失礼します」 ニコニコと嬉しそうに笑いながら二人の脇を通り過ぎ、後に残ったクロスはぐったりと項垂れ、ティエドールは 小さな背中をぽんぽんと数回叩く事で同僚を慰めた。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 ティムキャンピーは口を閉じ、再び主人の眠るベッドへと潜り込んだ。その背を二人は目で追い、眠り姫へと視線を送る。 ラビは額に冷や汗を浮かべ、神田は視界にアレンを映しながらもあの場に居合わせた師に同情の思いを寄せた。 「大変だったのって、アレンじゃなくて大元帥たちだったよな・・・・・・」 「まぁな、でも偶には良いだろ。いつも振り回されてるのは弟子たちの方なんだからな」 アレン第一主義のユウに言ったのが間違いだったさ、そうぼやくなり、ラビはソファから立ち上がる。 ベッドの傍へ行くとシーツに埋もれているアレンの髪を一撫でし、慈愛に満ちた笑みを零した。 「気安く触ってんじゃねぇよ」 ソファに凭れ掛かったまま言う神田に、ラビは親友としての笑みを返した。 通常、神田は自分以外がアレンに触れる事を極端に嫌う。 それを口先で牽制しながらも殴り飛ばしたりしないのは、ラビに信頼を置いているからに他ならない。 舌打ちをする神田を見てラビは喉で笑い、不意にその眼差しを真剣なものへ変えた。 「ジール、いい加減どうにかしないとアレンが疲れちまうさ」 「・・・わかっている」 アレンがジールを牽制し、ジールが神田にまとわりつくのはこの1年で日常茶飯事と化している。 それを微笑ましいと見ている団員もいれば、ラビのようにアレンの精神を案じる者もいた。 実の親に捨てられた過去を持つアレンの人間不信は、養父やクロスの愛情を受けても完全に癒える事は無かった。 教団に来た当初は作り笑顔さえ浮かべるのが億劫だったアレンを変えたのは、現在アレンの恋人である神田ユウ。 養父とクロスが数年間掛けても埋められなかったアレンの空洞を、神田はたった半年で埋めてみせた。 それでも隙間無くというわけにはいかず、アレンの心の平穏は1年ほど前から一人の少年に脅かされている。 「普通に見てたら判らねぇけど、アレン相当まいってんじゃん」 ラビの言葉に首を振れないのは、神田もそれを理解しているが故。 普段何気なく接している人間から見ればアレンは入団当初から特に変わった様子は無いが、神田を始めとする アレンに近しい者達はその変化に容易に気付いた事だろう。 ジールの神田に対する接触がエスカレートする度、人前であろうと無かろうと神田の腕の中にいようとするアレン。 安住の場所を奪われかねない不安は、神田を信じていないわけではなく、ただどうしようもなく怖いのだ。 「失う怖さを知っていれば、必死にもなる」 神田がベッドへ近付くと、ラビはアレンの寝顔がよく見えていた位置を神田に明け渡す。 ギシリと音を立てたスプリングに構う事無く、神田は閉じられている左瞼にそっと口付けをした。 「誓い、だったっけ?」 「あぁ・・・」 2人が恋人になって数ヶ月が過ぎた頃。 神田とアレンにヴァチカンの最高議会から通達があった。 大元帥や元帥の地位に就いている者、そして神田ユウとアレン・ウォーカーが全ての権限を持つヴァチカンに呼ばれ、 当人達にとっては面白くも何とも無い舞台が幕を開けたのだった。 Back  Next
やっぱり心太には辛子入れますよね! でも、こう・・・ツルリと吸い込むときに噎せちゃうんです・・・。 どうにかなりませんかねぇアレ・・・・・・。 なんて話してる場合じゃ無い・・・オリキャラ(名前だけ)登場!!(笑) 申し訳無いですが、次回も回想です・・・話進んでるのかなぁ・・・(泣) 煮れば煮るほど味が出る。なんて・・・・・・書けば書くほどボロが出てますよ、どうしましょ。 canon 05 11 12 sat
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