02:優先順位
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早朝という時間を全く気に留めない騒音が廊下に響き、その公害的な音で団員の半分以上が目を覚ましたのは言うまでもない。
開け放たれた扉と来訪者をきつく睨みながら、神田は脇に置いていた六幻を抜刀した。
その流れるような動きにアレンが見惚れる中、一瞬で間合いを詰められた非常識な来訪者の首には鋭利な日本刀が
突き付けられ、当人は冷や汗を浮かべている。
「ユッ、ユウ・・・落ち着つけ、話せば分かるさ。いや、話し合う努力をしよう・・・・・・」
「名前で呼ぶなっつってんだろうがクソウサギ・・・」
両手を上げて降伏するラビの喉元に容赦無く切っ先を押し付けたとき、神田の腕にスルリと温かい物が絡んだ。
神田は腕を下ろす事なく脇を見遣り、溜息を吐く。
柔らかに笑みを浮かべるアレンに視線だけで『ダメですよ』と言われては、怒りが沸点を超えた神田でも逆らう事が出来ない。
切り刻まれる寸前で現れた救世主にラビは心から賛辞を捧げ、自分が壊すほどの勢いで開けた扉を後ろ手に閉めた。
未だ殺気の治まらない神田の脇をすり抜けてソファに逃げ、お気に入りのバンダナを外してハァ〜と安堵の息を吐く。
我が物顔でソファに埋もれるラビに短く舌打ちをし、神田は向かい側のソファに腰を下ろした。
「ラビ、任務変わって頂いてありがとうございました」
アレンはテキパキと人数分のカップを机に並べ、ソーサーから爽やかに香り立つジャスミン茶を注ぎながら言う。
「あー!良いの良いの!!元帥の初仕事だから張り切ったんさ。ノア、一人仕留めたしな」
ニカリと笑うラビにアレンはふわりと笑ってみせる。
お疲れ様でしたという言葉と同時に全員のカップにお茶を注ぎ終わった途端、神田はアレンの腕を引いて膝の間に座らせる。
アレンは抵抗を見せる事無く、腰に回された腕の上に自分の掌を置いて神田の胸に背を預けた。
あまりにも自然に振る舞われた一通りの動作を眺め、ラビは口の端をキュッと上げて微笑む。
「あ、そういやさ。ユウ昇格おめでとー」
ニコニコと笑うラビ、フワフワと微笑むアレン、眉根をきつく寄せる神田。
素直に『ありがとう』と言える性格では無い彼は沈黙でしか今の気持ちを表せないような人間なのだ。
「アレンは、断ったんだって?」
「・・・?コイツに昇格の話なんかきてないだろ?」
「は?何言ってるんさ。アレンは俺たちの昇格が決まったすぐ後に・・・・・・」
噛み合わない会話を続けていた声が不意に止み、青年二人の視線が件の少年へ向けられる。
神田の膝の間に座るアレンは頬に触れる黒髪を指に絡めて遊び、まるで自分には関係の無い話だと言うように振る舞っている。
「「・・・・・・アレン?」」
名を呼ばれ、ようやく目線を交互に二人へと合わせた。
「断ればいつもと変わらない生活ですし、言う必要も無いと思いまして」
アレンは神田を見上げてコロコロと笑った。
本当に大した事ではない、と擦り寄ってくるアレンの頬を撫でる神田の瞳は、冷静を保ちながらも疑問に揺らいでいる。
「何故断ったんだ?俺たちと経験の差があると言っても、お前なら十分に素質はあるだろう?」
「素質云々で決めて良いような話でもありませんし・・・それに・・・・・・」
真下から上目遣いで見つめられ、先を促すように額に口付ける。
「神田、これからの任務の基本形態、覚えてますか?」
そんなもの、つい今し方聞いたのだ。忘れる筈が無い。
別隊の所属は関係無く、息の合う元帥と一般のエクソシストの二名を組ませて戦地へ送り込む。
接近戦と遠隔の武器を使う者達の組み合わせが基準となっているらしく、そのために神田とアレンはパートナーに成り得た。
「・・・お前、まさか」
「ええ。その『まさか』です」
「あぁ・・・つまり、元帥になったらユウと組めないから、って話?」
はい、と満面の笑顔を向ける真っ白な少年に、神田とラビは同時に苦笑を洩らす。
アレンの世界は神田を中心に廻っていると言っても過言ではない。
その事をよく解っている当人と親友だからこそ笑って済ますような発言なのだが、アレンは苦労したのだと小さく
頬を膨らませた。
「最初は僕、ラビのパートナーだったんです。一番はカンダが良かったんですけど・・・上が決めた事なら
仕方ないって諦めていたんです。
でもカンダのパートナーを知って・・・。これでも大変だったんですよ?カンダのパートナーになるの」
「って、ユウのパートナーって誰だったんさ?」
不快の色を露わに神田に甘えるアレンに、ラビは当然の疑問を投げ掛ける。
銀灰色の双眸は何かを思い出すように目を細め、恋人の胸に頬を寄せた。
「『ジール・クライズ』」
忌々しげに名を口にし、アレンは目を閉じた。
おそらく神田が任務から帰るまでずっと起きていた所為だろう。
ただ、いつものように地下水路で待っていて眠ってしまっては帰ってきた神田に怒られると思い、渋々部屋で待っていたのだ。
神田は小さく寝息を立て始めるアレンの身体を横抱きにしてベッドへ運び、代わりに枕元で眠っていたティムキャンピーの
羽根を摘んでソファへ戻る。
寝惚けているのか、ティムキャンピーはくったりと羽根を伸ばしていた。
「ティムキャンピー、映像記録を出せ」
「タイトルは『ユウの隣はアレンの席』さ〜」
楽しそうに言うラビに半ば呆れたような溜息を吐きながら、神田は冷めたジャスミンを口の中へ流し込んだ。
夕暮れの書庫室に、乾いた紙の音だけが鳴る。
気怠げに頬杖をつくアレンの頭上で、ティムもまた現主人同様暇を持て余して浮遊していた。
最後のページを捲り終わったアレンの横には積み上げられた大量の外国書があり、
今にも雪崩れてきそうなその冊数は科学班の床に積み上げられている白い紙の山のようだった。
「退屈・・・」
任務が無いのは平和な証拠だが、愛しの恋人も仲の良い友人達も任務に出ている状況は拷問以外の何物でもない。
ただでさえ神田のパートナーになれなかった所為で不機嫌なアレンの耳に、さらにその神経を逆撫でする声が届いた。
「神田のパートナーが決まったらしいな」
「あ〜、そう言っていたねぇ。でも相手はあのジール君らしいじゃないか。うちの神田が素直に認めてくれるかどうか・・・・・・」
「決まったもんは仕方無いだろう。それより問題なのはうちの馬鹿弟子だ。神田のパートナーから外されて機嫌悪ぃのに・・・
明らかに神田を狙ってるジール・クライズがパートナーってんじゃアイツぶち切れるぞ・・・・・・」
今や大元帥の地位にあるティエドールとクロスは自分たちに近付いている気配に全く気付いていなかった。
アレンは声の聞こえる方向に足音と気配を絶って近付き、二人の背後へ立つ。
本棚に背を預け、腕を組んで、不穏に目を細めて。
「お久しぶりです、師匠」
大元帥という地位を持つ二名は、振り返る事を躊躇わせる穏やかなアルトを聞いた。
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変なとこで斬りました・・・orz
って、いうか回想!?しかも続くの!!?
何と言いますか・・・10題で綺麗に収める自信がありません・・・・・・。
いえ、収めます。頑張ります。
canon 05 11 02 tue