A hometown of tears 02


階段に座り込んだ黎花に習って腰を下ろしてから、随分と時間が経った気がした。
時を知らせてくれる物が何も無いので正確な時間は分からないが、一時間くらいは経過しただろうか。
膝を抱えた黎花はその姿勢のままずっと一点を見詰めているが、その視線の先に何があるわけでもない。彼女の思考は、きっと自分の考えの及ばない部分にあるのだろうと、アレンは同じように膝を抱えて考えていた。
傍に居て、とも、一人にしてくれとも言われてはいない。もしここで立ち去れば、ラビたちの二の舞にならないだろうかという危惧はある。けれど、

(離れちゃいけない・・・・・・気がする。何でだろう)

退屈を感じているのに。
本当なら、今頃は神田と一緒に居る筈なのに。
心は少なからず不満を漏らすが、それが口に出る事は無かった。

「私・・・・・・保護された、って言ったでしょ」
「?」

先程の話の続きなのか、漸く口を開いた黎花の言葉に耳を傾ける。
黎花は一度息を大きく吸い込み、そして吐き出すと同時に語り始めた。

「私ね、捨て子だったの。今にも餓死しそうだったのをジプシーに拾われて、今までずっと色んな国を歩いて来て・・・・・・今回も、同じだった。この国は宛もない旅の通過点で、明後日には別の国へ行くはずだった・・・・・・なのにッ」

黎花の小さい掌が拳を作り、爪を食い込ませた部分だけが白く変色するのを、アレンはただ黙って見詰めた。

「あの化け物の所為で全部無くなったのよ!!」

優しくて、温かい場所を、永遠に。
キン、と空間に響いた声は、食堂で初めて聞いた声とは全く違う印象を持っていた。
たった一言に全てを注ぎ込んだように黎花の肩は大きく上下し、次第に細かく震え始める。戦慄く桃色の唇を強く噛み締めて涙を堪える様子が、彼女のこれまでの気丈な雰囲気を打ち崩していくようで、アレンの瞳には痛々しく映った。
今にも泣き出しそうな表情に、アレンは心の中で「あぁ、そうだったんだ」と一人で納得する。
彼女を一人にしておけないと思った理由は、いつの間にかあの日の自分を眼裏にまで呼び醒ましていた所為なのだろう。
目蓋を閉じればすぐ傍に迫る、数年前の真っ白な罪の世界。
雪解けの季節が訪れても溶けなかった罪の証に左手を翳して、アレンはきつく目を閉じた。

「すぐにあの二人が来て化け物を倒したけど・・・・・・もう少し早く来てくれていたならッ」
「れ、」
「皆、死んだりしなかったのに・・・・・・!!」

もう少し。
後もう少しだけ、早く来てくれていたなら。

そうやって誰かを責めなければ、自分を保っていられないのは当然なのかも知れない。
黎花は仲間を失って、見も知りもしない他人にここへ連れて来られるまで、きっと不安で仕方なかっただろう。
必要以上に相手を知り、自分を明かす事は、失う哀しさを知ってしまった今では容易い事ではない。
アレンに案内以外の事を訊こうとしなかったのも、きっと彼女なりの処世術だったのだ。

「黎花はたった一人残されたから・・・・・・保護されたんですね」
「『保護する』と言われたけど・・・・・・あんな怪しい格好をした二人組に大人しくついて行く気になんてなれなくて、それに皆と離れるのも辛くて・・・・・・なのに、あの黒髪が・・・・・・」
「え?」

アレンの言葉に、黎花は眉根を寄せて答えた。

「あの黒髪の・・・・・・あの人が私を無理矢理連れてきたようなものだわ。私、最初は『行きたくない。皆と一緒に居たい』って泣いていたのに」
「えっ、あの、それってラビの間違いじゃ無いんですか?太陽みたいな髪の色の・・・・・・」
「黒髪とあの色を間違える筈が無いでしょう?あの目つきの悪い方よ!!」

憤慨したように声を荒げた黎花に気圧され、アレンはそのまま黙ってしまう。
ラビはアレンをいつも弟のように構ってくれるので有り得ない話では無かったが、神田が無理矢理にでも連れ帰ったというのにはさすがのアレンも驚いた。

考えてみれば、子供である自分をよく構ってくれるのだから神田は子供好きなのかも知れない。ラビやリナリー達に訊いたら「それは違う」と断言されそうな話だけど、一人残された黎花を放っておけなかったのだから、神田はきっと子供全般に優しいのだ。
今までは教団に自分しか居なかったから機会が無かっただけで、黎花のように保護をしたり、適合者として連れてこられた子供が増えれば、神田が『冷徹』などと言われる事も今よりもっと減るのでは無いだろうか。

初めの頃を抜きにして考えれば、アレンにとって神田は元々優しい青年だった。アレンから見た神田は今のままでも十分だけれど、大好きな神田の印象が良くなることはとても喜ばしい。
そう思うと同時に、アレンは胸の中にぽたりと何か黒い染みのような物が落ちたような気がした。

偶に、
極偶に見せてくれる神田の笑顔が、他の誰かにも向けられる。

それは------、

「ねぇ、適合者ってそんなに凄いの?」
「ッ、ぁ、え?」
「だから、『適合者』って凄いの?泣いている女の子を無理矢理こんな僻地に連れて来る権限でも持ってるの?」
「い、いえ、イノセンスから選ばれた使徒っていうだけで・・・・・・あれ?凄いのかな?」

自分の話を上の空で聞いていた上にはっきりしないアレンの態度に呆れ、黎花は「もう良いわよ」と肩を竦めて立ち上がった。
座り込んだ数時間前とは随分雰囲気が変わったように見えるが、虚勢を張って妙な壁を作られるよりはこちらの方が楽だ、とアレンは心を入れ替える。
同い年の子に出会えることは滅多に無い機会だし、どうせなら振り回される事になったとしてもこの時間を楽しみたい。

心の隅で燻っている感情に気付かないフリをして、アレンは黎花に向かってにっこりと笑いかけた。

「黎花、ゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
「ルールは『答えたくない質問には答えない』、これだけです。この場限りの付き合いだと思っているのなら、お互いの事を話しても損にも得にもならないと思うんですけど?」
「・・・・・・好奇心?」
「純粋な興味です」

黎花はしばらく考え込んだが、同い年ということもあってかそれ程警戒される事は無く、『詮索はしない事』というルールをもう一つ付け足して、二人は指切りをした。
そしてアレンは「じゃあ最初に・・・・・・」と間を置き、目を丸くする黎花に向かって

「好きな食べ物は?」

鳴き声を上げる自らの腹を手で押さえ、照れ臭そうに質問した。















「あら、おかえりなさい二人とも。・・・・・・アレン君は?」

アレンが黎花と出て行ってしばらく経った頃、朝食のトレイを抱えたリナリーが神田とラビの座っているテーブルへとやってきた。
ラビが隣のスペースを少し空けるとリナリーはそこへトレイを置き、ありがとうと微笑んで着席してからも視線だけでアレンを探す。
神田が任務へ行っている間もアレンは規則正しく朝食を摂っていたのだが、そこに本来居る筈のアレンの姿は無く、代わりに今夜帰って来る予定だと聞いていた二人が居るのだから、リナリーが不思議に思うのも当然だった。

「アレンなら俺たちが保護した女の子とデート中さ」
「何がデートだ。人身御供じゃねェか」
「ふぅん・・・・・・デートねぇ」

ラビの向こう側で頬杖を着いていた神田が吐き捨てるように言い、リナリーは『デート』という単語を頭の隅に留めて朝食を食べ始める。
隣で小さくなっているラビを見れば大体の想像はつくが、ちょっとアレンを取り上げられたぐらいで機嫌が悪くなる神田には親バカを通り越して呆れ果てた。
もちろん神田はアレンの実の親でも何でも無いが、友達や恋人とはわけが違うし、仲間という言葉が一番しっくりくるのだが、もし名付けるならば『親』では無く『親バカ』だろう。
アレンが教団に来たばかりの頃こそ大人げなくからかっていた------アレは本気で相手をしていたと言っても良いが------神田がこんなにも子供に優しく接する事の出来る人間だったとは、彼を知る誰もが口を揃えて「信じられない」と囁きあったほど。

そこまで考えが行き着き、リナリーは「あぁ、違ったわね」と内心で呟く。
神田は『子供』全般に優しいわけでは無く、アレンに対して特別優しいのだ。

随分前、リナリーは神田との任務中に致し方ない経緯で子供の相手をした事があったが、その時の神田の態度と言ったら酷いものだった。
泣き喚く子供は放置するか厳しい言葉で追い打ちを掛けるか。その追い打ちの内容も正論と言えば正論なのだが、たかだか五歳や六歳の子供に理解出来るような話でも無い。黙っていれば見目は美しいものだから少女達は競って神田の腕を引いたが・・・・・・大人しい飼いライオンだと思っていたら実は野生だっととでも言えば良いだろう。拙い、とリナリーが判断した時はすでに遅く、その場に居た少女達は火が点いたように泣き声をあげていた。

それでも昔に比べて周囲の人間に対してキレる回数が減ったのは、きっとアレンの手本としての意識もあるのだろう。
アレンは初めから礼儀正しい子供だったが、まさか一番近くに居る大人がつまらない理由で探索部隊を相手に争いでも起こすような人間であれば、それは悪影響になりかねない。

(その辺りの自覚はいくら神田でもあるのよね・・・・・・芽生えたって言うべきかしら?)

ジェリー料理長の特性オムレツを頬張り、口端を吊り上げてリナリーは神田を見詰める。
その視線に気付いた神田は苛立たしげに眉間に皺を寄せたが、更に笑みを深くした彼女は楽しそうに口を開いた。

「アレン君を奪られちゃったから機嫌が悪いのね。神田ってば玩具を取り上げられた子供みたい」
「・・・・・・アイツは物じゃねェ」

それはそうでしょうけど。
リナリーにそんなつもりは無かったが、神田はからかわれた事よりもアレンを物扱いされた事の方がお気に召さなかったらしい。
ガタンッと音を立てて席を立ち、神田は食堂を出て行ってしまう。アレンが居ないとなれば、彼がする事など鍛錬くらいのものだろう。
残されたリナリーはその背を黙って見送ると、隣に居たラビに消沈した声で呟いた。

「アレン君を物扱いしたわけじゃ無かったのよ・・・・・・」
「分かってる分かってる。ユウの機嫌が悪いのはリナの所為じゃ無いから、気にする事無いさ」

後頭部を撫でるように叩かれ、溜息を吐いたリナリーはとりあえず最後の一口を口内に放り込む。
特製オムレツは少し冷めていたが、そこらへんの街のレストランで出される熱々の物よりは何倍も美味しく感じられた。

「せっかく黎花を引きずってまで早く帰ってきたのに、その黎花にアレン持って行かれちゃなぁ」

持って行かれてしまったのは自分の所為なのだけれども。
ラビは視線を泳がせながら苦い笑みをこぼす。けれどリナリーが反応したのは意味ありげな表情では無く、

「引きずる・・・・・・?神田ってば女の子引きずって来たの!?早く帰りたくて!?」
「へ?あ、違う!!違うさ!!今のはちょっと語弊があったけど・・・・・・まぁ、黎花は最初来たく無ぇって言ってて。でもそのままにもして置けないしさ?俺は一応言葉で納得させようと思ったんだけど、気付いたらユウが担いでて・・・・・・」
「強行手段なんて神田の専売特許だものね」

『アレンに会う為に早く帰りたくて女の子を引きずって帰ってきた』という何とも不名誉なレッテルだけは回避し、ラビは胸を撫で下ろした。唯でさえ先刻の事で神田から怒りを買っているのに、これ以上高い買い物はさせられたくない。
それに本当のところ、ラビも何故神田があそこまで有無を言わせず黎花を連れ帰ったのか不思議だった。
普段の神田は、泣いて嫌がる少女など最初からラビに押し付けて自分はさっさと教団へ戻ってしまうような男だ。
列車に乗り込んでからは自分の役目は終えたとばかりに無関心を貫いていたが、

(なーんか、ユウらしく無かったんだよなぁ・・・・・・)


『嫌!!皆と居たいの!!お願いだから------ッ』
『こんな所にいつまでも居たって仕方無ェだろうが!!』


あの時の剣幕は、今もラビの脳に焼き付いている。
ここ数年はアレンに対してもあんな怒り方はしていなかったので妙に懐かしくも思えた。

「あ、ねぇラビ。今年のアレン君の誕生日プレゼントどうする?二十五日はクリスマスだから、またパーティーと一緒になるとは思うけど」
「ん?もうそんな時期さ?はぁ・・・・・・アレンももう十二かぁ・・・・・・」
「老け込まないでよ。私まで年取った気分になるじゃない」
「俺と二歳しか変わらないさ」
「二十一と二十三の差は大きいわよ」

不毛な言い合いを繰り返す中、ラビはふと食堂の扉の前の人影に目を留めた。
そこにはもうすぐ十二歳の誕生日を迎える少年と、自分たちが保護した少し生意気な少女の姿。
いつの間に親しくなったのか手を繋いでいる二人は楽しそうに話をしていて、子供は仲良くなるのが早いさぁと、一人の大人は暢気に微笑んだ。



















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長い話にする予定が無かったので黎花は少し達観した少女にしようと思っていたのですが、
(↑話を纏めやすくする為に)随分と子供っぽく仕上がってしまいました。この先もアレン君
と仲良しの黎花さんですが、次回は神田殿も出して行こうと思います。神田殿がどうして
黎花を引きずって(笑)帰ったか、などなども追々。全部で五話くらいにはなるかしら?
ではでは皆々様、再見。


07/04/02 canon



















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