待ってる。
ずっと、待ってるから。


夜明けを待つ都会の路地裏は、気味が悪いほどに静かだった。
背中に当たるアスファルトの感触を痛いとも冷たいとも思わないのは、この身が自分に覆い被さっている人間とは、全く別のものだからだろう。
「っ、は……やっと、これで……」
荒い息を吐く少年は、自身を見詰める左目に聖刀の切っ先を向けた。
深夜から今現在まで続いた追いかけっこの所為で学生服は乱れ、結んでいた艶やかな黒髪も今は紐から落ちている。
それが何だか、意外に似合うなと思った。
昼間に見掛けたときは、学生服のボタンは一番上まで留め、髪もきっちりと高く結い上げていた。
あの姿も気に入っていたけれど、実はこちらの方が好みかも知れない。
今まさに殺されそうだというのに、妙に観察してしまう自分の神経の図太さを内心で笑った。
「『やっと、これで』?」
思わず出てしまったらしい少年の言葉を拾い、揶揄するように口許を歪める。
その言葉に憤りを隠せなかった漆黒の双眸が見開かれ、一瞬後、右手を何かが貫通する感触と骨が砕ける鈍い音がした。
怒りに満ちた瞳から視線を逸らし、地面に縫い付けられた右手へと移せば、どくどくと溢れる鮮血が目に入った。
人と同じ赤。
人の赤で出来た、紅。
夜目でもこの紅だけははっきりと見分けられるし、匂いも分かる。
それは目の前に居る『人間』とよく似た姿形をしている自分が、けれど全く別の種族であることの証拠だった。
「やっと、百匹目だ」
まるで虫のような数え方をしてくれる。
あぁ、けれど自分たちも獲物である人間をそんな風に数えていたなと思い出せば、憤慨する道理も無かった。
「僕に会えて、嬉しいですか?」
「あぁ、吸血鬼にはずっと会いたかった。特に、百匹目のお前にはな」
待ち望んでいたかのような響きは、この先に待つ結果がどうあれ、甘美なものだった。
そう、とだけ呟いて柔らかに微笑めば、少年は少しだけ眉を寄せる。
捕らえられてから一度も抵抗らしい抵抗を見せないことを不思議に思っているのか、不審に思っているのか。
そんなに警戒しなくても、初めから君に何かをするつもりは無いのに。
明後日の方向を見て考え事をしていることがお気に召さなかったのか、少年はこちらの意識を自分へと引き戻すように、右手を貫いていた刀をギリ、と動かした。
「随分余裕だな……死ぬのが怖くないのか?」
「……僕らを憎んでいる君が、わざわざそんなことを訊くんですか? もう九十九匹も葬ったんでしょう?」
自分が百匹目なら、その前にはそれだけの数が居た筈だ。
「前の奴等は全員、最期の最期まで命乞いしてたぜ」
「へぇ……無様なお仲間も居たものですね」
至極どうでも良さそうな返答に、漆黒が揺れる。
九十九人もの吸血鬼を相手にすればそれこそ様々なタイプが居ただろうが、自分はそのどれにも該当しないらしい。
面白いような、どうでも良いような。
だってどんなに感情や想いを抱いたところで、もうすぐ死んでしまうのだし。
「怖く、ないのか?」
もう一度、今度は静かに訊ねられる。
真意を探るように、偽ることを許さないように。
「君は怖いの?」
「-----ッ」
訊き返すと、右手がグチュッと嫌な音を立てた。
聖刀で傷付けられた箇所は、一昔前の同属の驚異的な治癒力をもってしても治らない。
この傷は、きっと最期まで塞がらないままだろう。
「コレの、所為?」
「ッ、触るな!!」
自由だった左手を少年の左胸に重ねると、パシンッと小気味良い音と共に叩き落された。
ぜぇぜぇと肩で息をし、切羽詰った表情から不意に咳き込む姿は見ていて痛々しい。
(ごめんね)
ごめん。
もっと、
もっと早く、
その呪縛から解き放ってあげたかった。
「死ね……!!」
刀を引き抜かれた瞬間、ぐったりと力の入っていなかった右手が反射的に跳ね上がる。
地面から数センチ離れた手が元の位置に落ちるのと、左胸を目指して振り翳された刀が閃いたのは、どちらが速かっただろう。



こんにちは
だれだ、おまえ
僕はアレン。ずっと、君を待ってた
……どうして
約束だったから
やくそく?
君を待ってたんだ。君に会いたかった。あの日の約束を守るために、あの日の約束を叶えてもらうために
おれは、おまえとやくそくなんてしていない
君は憶えていなくても、僕は憶えてるよ
おれはおまえなんてしらない
そうだね。だけど僕は、知っているから
……
また、会いに来るよ。カンダ
な、なんで、なまえっ……!?





ずっと、
ずっと待ってた。















Next→

07/09/23 canon





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送