My LOVEr IS brother  01

夜明けよりも少し前、アレンはこの時間帯になると自然に起きるような身体になっていた。 眠気など一つも無くスッキリと覚醒を果たし、リビングへと向かう。 兄弟2人で生活するには大きい3LDKのマンション、元は4、5人程度の家族が暮らすに丁度良いだろう。 アレンがリビングの扉を開けると、キッチンの換気扇の電気だけが点いていて、けれどそれもいつも通りの朝だった。 「おはよう、兄さん」 「あぁ」 換気扇の下で立ったまま煙草を吸っている兄、ユウ・W・神田。 新宿や銀座、六本木など夜の街を歩けばそこかしこから声がかかる容姿をした青年。 美しい容姿とストイックな雰囲気が人を惹き付けるのか、それはアレンにとっても誇らしい兄ではある。 だが、 「いつも早いな。モヤシ」 いつの間にか付けられた呼称は呼ばれる度に眉を顰めてしまう。 実の弟の名を野菜の名前にするなんて、と呼ばれ出した頃は猛抗議していたが、最近はやんわりと「違います。アレンです」 と言い返すだけに終わっている。 長くその異名が続いた事に慣れたのか、単に諦めただけなのかはアレン自身も判断が付けにくいのだが。 「今日は朝からお店に行くの?」 「仕込みが残ってるからな。クロスが昨夜仕込み忘れたんだよ」 「・・・・・・師匠はいつまで経っても師匠ですね」 5歳の頃から10歳までアレンが通っていた空手道場の師範がクロス・マリアンという・・・一応美丈夫で、 アレンにとって昔も今も変わらず『師匠』と呼ぶべき人に当たる。 当時から気紛れで女遊びが絶えず、やるべき事は人に任せて自分はギャンブルなどに没頭するような男。 仕込みを忘れたのも、人が聞いて納得するような理由では決して無いのだろう。 そんないい加減な性格と生真面目な神田は昔からウマが合わず、 空手道場の隣にあった剣道道場に通っていた当時の神田はクロスと事ある毎に衝突していたのをアレンはよく憶えている。 その交流も7年前にクロスの謎の失踪で一度は絶たれたのだが、神田が高校を卒業した後就職先を探していた時、 突然クロスが家に押し掛けてきたのだ。 『働くところ探してんだってな』 何処で聞いたのかと訊けば、「俺に不可能は無い」というよく分からない返事を返され、 神田とアレンは顔を見合わせてしばらく考え込んだが結局はその話に乗る事となった。 店長が一人、店員は神田を含めて数人だが、毎月の給料は兄弟2人が暮らすには余裕のある金額。 常連にはかなり人気のある軽食屋だが、倉庫を改築して作ったらしい店に客はあまり入らないし、テーブルも多いわけではない。 では何処から稼いでくるのかと訊いてみても、軽くはぐらかされた。 出勤した日数にも寄るが他の店員も似たような金額の給料だという話だから、昔馴染みの依怙贔屓というわけでは無さそうだ。 18歳の頃から2年間。平日はもちろん、お呼びが掛かれば土日も出勤する。 けれど、必ず9時までには帰ってくる。これは間違いなくクロスの配慮だと言う事を、2人は知っていた。 15歳なら一人で家にいる事くらい問題の無い歳かも知れないが、クロスはどんなに忙しくても神田を9時には帰した。 アレンが道場に通っていた頃から、他の弟子達より随分構われていた。 その癖か・・・・・・、別の理由か。 「おはようございます、お父さん、お母さん」 アレンはカウンタの上にあるフォトフレームに笑いかけ、朝の挨拶をする。 その毎朝繰り返される行為に、神田は時折目を伏せたくなる。 そのフレームの中には、幸せそうに笑っている夫婦の写真が一つと、家族4人で映った最後の写真があった。 7年前、事故死した両親。 それが切っ掛けでアレンは道場に通わなくなり、神田も同じ頃に剣道道場をやめた。 クロスが突然失踪したのは両親の四十九日が終わってすぐの頃だ。 クロスと2人の父は親友で、通夜や葬式などの手配は全てクロスと、その親友でもあり神田の師匠でもあった ティエドールが一切を取り仕切ってくれた。 事故死した両親の遺産はアレンが高校を卒業するくらい十分だったが、神田はその先の事を考えて働き始めた。 『いつ何が起こるか分からない』、それは両親が兄である神田に身を以て教えた事。 クロスが失踪してからはティエドールが2人の後見人になってくれて、施設に入れられるような事にはならなかった。 10歳だったアレンは『死』がどんなものであるか知っていた。 けれど気丈にも、泣こうとはしなかった。 感情が消えたかのようにただジッと両親の棺を見つめるアレンを抱き締めていた神田もまた、泣く事は無かったけれど。 「顔洗って来い。すぐに朝飯作ってやる」 「ありがとう、兄さん」 フォトフレームから目線を上げて兄に微笑み、アレンはリビングから出て行く。 その後ろ姿を見送って、神田は灰皿に煙草を押し付けて冷蔵庫を開けた。 卵を数個取り出して扉を閉め、ふと手が止まる。 アレンが神田を『お兄ちゃん』ではなく『兄さん』と呼び始めたのは、両親の四十九日が終わった直後。 10歳のアレンにはすでに一人部屋が与えられていたが、両親の死からはずっと神田の部屋で眠っていた。 誰かが傍にいてやらなければ・・・、神田が抱き締めてやらなければ、アレンは眠る事が出来なかったから。 『眠らない』のではなく、『眠れない』。 身体が睡眠を拒否してしまい、時折神田が部屋を覗いてみればキョロキョロと周りを見回すアレンがいた。 何をしているんだと訊けば、アレンは毎度首を傾げるだけ。 何を探しているのか、何を求めているのか。アレンは理解しておらず、神田はその時始めて泣きそうなったのを憶えている。 無意識に親を求めるアレンを放っておけなくなり、神田はその日からアレンを自分のベッドで寝かせるようになった。 小さい頃よく一緒に眠っていた頃を想い出してか、アレンは神田と眠るときいつも嬉しそうに笑って。 そんな弟を見る度に、『護らなければ』という意志は大きくなって。 アレンが中学2年になった頃に部屋はまた別れたが、それまでには夢遊病とも思える行動は無くなっていた。 『兄さん』と呼ばれる事は慣れてしまったが、今でも時々考える。 両親の死が、アレンを少しずつ大人にしたのかと思うとどうしてもやるせなかった。 自分は弟を護るためにならば何にでも為る覚悟があって、それがアレンにも何らかの影響を与えたのか。 どんな理由をつけてみても、結局はどこか寂しかったのだ。 『お兄ちゃん』と笑顔で擦り寄ってくる可愛い弟が突然『兄さん』と呼び始め、どこか距離を置かれたような気がしたのは事実。 13歳だった神田はそんな風に変わってしまった弟を認めたくなくて、ある些細な喧嘩をしてからというもの アレンを『モヤシ』と呼ぶようになった。 癖になってはいるが『アレン』と名を呼べないわけではない。ただ、今更気恥ずかしくて口に出来ないだけだ。 頭を軽く振って物思いに耽る自分を叱咤し、大食漢の弟の為に朝食を準備する。 アレンも料理は出来るが、やはり職業柄神田の方が何倍も上手い。 たまにアレンが神田より早く起きるとき以外は、朝食は毎回神田が作っていた。 店で作る一人前よりも随分量のある朝食をテーブルに並べ、グラスに冷えたオレンジを絞ってやる。 量を考えなければかなり健康的な食事を用意し終え、神田は自分にも緑茶を淹れてアレンを待った。 神田が朝早く出てしまわない限りは、朝食は必ず一緒に食べる。 と言っても、神田はアレンが食べ終わるまで緑茶を片手に新聞を読んでいるのだが。 カチャリとリビングが開けば、そこには制服を身に纏ったアレンが立っていた。 すぐに成長するだろうと思って大きめのサイズを買った制服は、入学から2年経った今では丁度良いくらいになっている。 そんな事を自然と考えてしまう辺り自分も老けたのだとは、決して認めない。 「よく噛めよ」 「はーい」 手を合わせて『いただきます』と言い、嬉しそうにナイフとフォークを動かす。 両親が死んでからは神田が食事を、その他の簡単な家事はアレンがするようになった。 あの頃から神田は料理が嫌いでは無かった。それも、元はと言えばこの笑顔のおかげかも知れない。 少しでもアレンに栄養のある美味しい物を食べさせてやりたいと思い、テレビや雑誌を買って研究したのが最初。 「っ、ケホッ」 「馬鹿・・・よく噛めつっただろうが」 最後の一口で噎せたアレンにオレンジジュースを差し出し、一気に飲み干したのを見てまた溜息を吐く。 「昔っから変わらねぇな。お前の早食いは」 「むぅ・・・」 「・・・・・・しかも何か付いてる」 「えっ?」 指を伸ばして口許に付いていたジャムを拭い、ソレを自分の口に運んで舐め取る。 マーガレットは苺などよりは甘くないが、それでも神田の眉を顰めさせるには十分な甘さだったようだ。 「甘ェ・・・」 ペロリと神田がそれを舐めた瞬間、向かい側に座っていたアレンは突然ガタンッと立ち上がった。 訝しげに見上げれば何故か頬を染めた弟が口をパクパクと開閉しながら立っていて。 「おい・・・」 「あー!!早く行かなきゃ電車に間に合わない!!!」 「始発が出たばっかで何言ってんだお前・・・・・・って、おいコラ!!!!」 神田の言葉も聞かずリビングを飛び出そうとするアレンを背後から羽交い締めにし、耳元で低いテノールを紡ぐ。 その拍子にアレンの頬がさらに紅潮した事など、この兄は知りもしない。 「もし間に合わなかったら俺が車出してやるから、自分が食った物は自分で片付けろ」 昔からの習慣を疎かにした事を指摘され、アレンはハッとした様子で兄を振り返る。 自分の行動を申し訳なさそうに肩を落とすアレンの頭をクシャリと何度か撫で、神田は口端を緩く吊り上げた。 「鞄持って来い。暇潰しに送ってやるよ」 自室に車のキーを取りに行った兄の背を目で追いながら、今し方撫でられた頭に指を這わせる。 数年前まで当たり前のように繰り返されていた行為。 この歳になってもされるとは思わず、アレンは自然とはにかんだように笑った。 「鞄は?」 「あ、今すぐ取ってきます!!」 未だにどこか赤く染められた頬を見遣りながら、神田は自分の右手にフッと小さな笑みを零した。 Next
ユウ・W・神田・・・無茶苦茶ですね・・・・・・。 弟は『アレン・W・神田』になるわけだ・・・。 お兄ちゃん以外じゃ『ユウ』って呼ぶしか無くなった・・・。 三人称、「神田」でゴメンナサイ。 本当は長いSS(意味不明)にしたかったんです。 カーソルがちっちゃくなるような長いSS・・・要するに短編?? なのに・・・書いていたら何故か8話分くらい分割出来て((orz 突発的に書き始めた兄弟パラ。 シリアス・・・に、気付けばなっていた、ような・・・。 甘い関係の筈だったんですけど・・・。 いやはや、今でも十分甘い。 canon 05 11 24 thu
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送