ちゅー。
「神田、ちゅぅー」
それは任務も無い優雅な朝。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
教団に青年エクソシストの絶叫が木霊した。
「で、神田におはようのキスをしようとしたら叫ばれたのね?」
「ううん、しようとしたんじゃないよ。したんだよ」
首を大きく左右に振りながら朝食を頬張る可愛い少年を微笑ましく見つめながら、ラビとリナリーは肩を震わせた。
よもやあの神田に叫び声を上げさせる者がいたとは・・・。
二人はオムライスを食べているアレンの頭を交互に撫でては心の中で『よくやった!』とガッツポーズを取る。
「何でダメなのかな・・・」
本気で不思議がっているアレンに対し、二人は顔を見合わせた。
自分たちならばアレンからキスをされれば、その愛らしさにお返しとばかりにキスをする。
相手があの神田だからだろうか?
だがこんな子供相手にたかだかキス一つで叫ぶエクソシストというのもどうだろう。
男同士とはいえアレンはまだ7歳。
端から見ていれば微笑ましいだけのワンシーンだ。
「アレン〜、ユウの事どんな風に起こしたんさ?」
5人前のオムライスを平らげたアレンは手元にあった水を一気に飲み干し、ええっと、と語り出した。
午前7時。
アレンは身支度を整えて部屋を出ると、教団内でコムイの実験室の次に訪れてはならないと言われる隣室の扉を開け放った。
“神田ユウ”と聞くだけで大抵の教団勤務者は暗い顔をする。
その神田ユウの部屋に恐い物知らずにも立ち向かうのがアレン・ウォーカーだ。
恐い物知らず、というか、アレンは実際神田の事を微塵も恐いとは思っていない。
むしろ、『神田大好き!!』と任務明けで疲れている神田に背後から飛び付くほどだ。
その光景を眺めてムードメーカーと呼ぶ者もいれば、トラブルメーカーと嘆く者もいるらしい。
そんな7歳児が神田の部屋を訪れた理由とは、特に無い。
ただ自分が早起きして暇なので任務の入っていない(コムイ情報)神田に構ってもらおうとの考えだった。
規則的な寝息のするベッドに近付き、出来るだけソッとよじ登る。
「ん・・・」
突然寝返りをうった神田にビクリと身体を弾ませたが神田の意識が覚醒する事は無く、再び規則的に寝息を立て始めた。
起きてもらえると思ったアレンはそれにガックリと肩を落とし、眠りを妨げても怒られない方法を考える事にした。
(鼻を塞ぐ・・・歌を唄う・・・ティムで・・・・・それともコムリン・・・?『ガリバーの冒険』も楽しそう・・・でもなぁ・・・)
良い案が思い付かずぼんやりとしていると、枕元に以前ここに泊まった時に忘れていった物が置いてあった。
本の題名は『snow white』。
神田の国では『白雪姫』と呼ばれるその本は王子のキスによって姫が目覚めるという内容の話だったのを思い出し、アレンは
胸の前で両手をパンッと鳴らした。
(“ちゅぅ”すれば起きてくれる!!!!)
まぁ、実際に起きたのだが・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・ラビ?リナリー?」
黙って事の成り行きを聞いていた二人は一時停止でもしたかのように動かなくなっていた。
二人とも本題に入る前に訊きたい事が色々とあるのだろう。
「えぇ・・・っと、アレン君の部屋って神田の隣だったかしら?」
「ううん。でも僕が神田の部屋にいっぱいお泊まりするから、遠いと困るでしょ?って。コムイさんが移してくれたの」
「い、一緒に寝てるって・・・ユウは怒らないさ?苛められたり・・・」
「神田そんな事しないよ?いっつも抱っこしてくれるもん」
「「だ!!!?」」
ラビとリナリーは手を取り合って椅子から飛び退いた。
抱き合って眠る二人を見た事が無いわけではないが、さすがにそれが日常茶飯事と化している事に驚いたのだ。
優しくアレンを抱き締めている神田を思い浮かべるだけで二人の背筋に冷たいものが這う。
普段の彼が彼だけにそんな優しい幼馴染みが恐い。
「ま・・・まさか『snow white』も・・・」
「読んでもらった〜。途中で寝ちゃったけどねっ」
恥ずかしそうに言うアレンは実に可愛い。
可愛いのだが、
「神田が・・・あの神田が・・・・・・」
「ユウが・・・あのユウが・・・・・・」
アレンの手前言葉に出すのは寸でのところで堪えたが、二人の言葉は胸のうちでこう続いた。
ペドに・・・〈ペドフィリア=幼児愛好家〉
「おいコラ、何考えてやがる」
突如聞こえた声にアレンの前で悶絶していた二人は正気に戻った。
不機嫌なオーラを包み隠さず一人前の蕎麦を持って登場したのは噂の神田ユウだ。
ラビとリナリーの向かい側、アレンの隣に腰を下ろすと手を合わせて箸を動かし始めた。
「神田ちゅぅで起きたよねー?」
果敢にも立ち向かうアレン・ウォーカー7歳。
その光景に冷や汗を流しながら見つめる男女二名。
いくら不機嫌でも子供に手を挙げたりしないだろうが、ラビとリナリーはいつでもイノセンスを発動出来る状態にした。
「起きてからしたんだろうが・・・」
眉間に数本の皺を刻み、神田はジロリとアレンを睨む。
けれど、日頃の鍛錬(神田との言い争い)の成果か、アレンは大の大人が尻込みする神田の一瞥をニッコリと微笑みで返した。
「でも、起きた!!」
どうやらアレンはキスがどうのと言う前に神田が起きてくれた事の方が重要らしい。
それはアレンの満面の笑みを見れば一目瞭然。
「アレン君もとうとう奇襲をかけるようになったのね・・・子供の成長って早いわ・・・・・・」
「昨日まではイノセンスの事『それ食べ物?』って本気で訊いてきてたのになぁ・・・・」
早いなぁ〜、と実の孫を見つめる眼差しを称えた二人はうんうんと頷きながら微笑んでいる。
その様子が酷く癇に障った神田は蕎麦を食べていた箸を下ろし、目の前の二人をジッと睨んだ。
長年幼馴染みをやっているのでその程度で怯みはしないが、やはり二人とも神田の目には弱い。
目線を不自然なくらい泳がせていると大きな溜息が向かい側から聞こえ、ラビとリナリーは肩を震わせた。
「俺とコイツはキスなんかしてねぇ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
一瞬の空白。
「フザケんじゃないわよ神田!!アンタ目の前にこんな可愛い男の子がいてその唇も奪わないなんて腐ってんじゃないの!?」
「ユウ!それでも男か!?永い夢の船旅から帰って来て迎えてくれた天使の唇を奪わずにお前の朝は始まるのか!?」
「お前等・・・」
「「今すぐにでも押し倒せ!!!!!!!!!」」
「ハモってんじゃねぇよ!!!!!!!!!!」
アレンは見るからに普段とは違うラビとリナリーの姿に怯え、神田の団服を握り締めている。
アレンを横目に舌打ちしながら神田は二人に向き直った。
「ここは飯食うところなんだよ!!ガタガタ騒ぐんじゃねぇ!!!!!!!」
「「いや、だからアレン(君)を食べ・・・・・・!!!!!!」」
「その話題から離れろ!!コイツが怯えてんじゃねぇか!!!!!!!」
ハッとした表情で二人の意識が現世へと戻る。
が、時すでに遅し。
アレンの目に浮かんでいたのが恐怖や怯えならばまだしも、その瞳が称えていたのは明らかな不信感だった。
「ア、アレン!!ごめんな?冗談だからさっ??」
「そ、そうよアレン君!!何でも無いの!!ちょっとハイになっちゃってっ・・・」
二人が懇願の眼差しを浮かべ机を越えて躙り寄る。
同時にアレンは神田の背中にピッタリとくっつき、二人から目線を逸らしつつ呟いた。
「・・・・・・・・・・うん」
((・・・取り返しのつかない事をしてしまった・・・・・・))
どんよりと重い空気を纏いながら二人はすごすごと食堂を後にする。
肩を落として去っていく二人をアレンは心配そうに見つめていたが、降ってきた手に髪をグシャグシャと撫でられて阻まれた。
見上げると空になったトレイを片手に持った神田が席を立とうとしていた。
「今日は任務が入って無ぇ」
そう一言言うと踵を返して返却カウンターへと向かう。
投げ掛けられた言葉に暫し呆然としていたアレンは、歩き出した神田の後を急いで追った。
(遊んで・・・くれるのかな?)
そんな淡い、幸せな期待を胸に秘めて。
その日の夜。神田の部屋にて。
「お前、今朝のこと人に話したりするなよ?」
「ちゅぅしたの?」
「してねぇだろ」
「したもん。神田とティムキャンピー」
「・・・・・・・・・・・・大体何でゴーレムとキスさせんだお前は・・・」
「だって僕男の子だし、神田怒りそうだったから」
「・・・・・・とにかく、二度とするな。話もな」
「むぅ・・・」
「『むぅ』じゃねぇ・・・・・・もう寝ろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ねぇ、神田」
「あ?」
「ティムじゃなくて、僕なら良い?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「神田?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・好きにしろ」
少年が満面の笑みで寝ていたとか。
翌日青年の機嫌が良かったとか。
そんな事は、お話にする必要も無く。
×××××
・・・ペドでしょアナタ・・・(ショタですら無いのか・・・?)
最近ギャグに走ってすみません。そして糖分が高い・・・。
それでも良いと思って頂けるお客様がいましたら、本望でございます。
泣いて喜びます。
お持ち帰りの際はソースからガッポリどうぞ。
二次配布物はありませんので。
canon 06 01 19 thu