This Love
神田、僕たちは愛し合えないね。 だって、愛し方も愛され方も知れないんだもの。
『お急ぎの方もいらっしゃる中、大変ご迷惑をお掛けしております・・‥・・』 教団への帰省途中、任務帰りの神田とラビの行く手を阻む物の存在を、車内アナウンスが淡々とした声で告げた。 車窓から見える景色は何もかもが茜色に染まって美しくはあるが、教団に戻るのは深夜を過ぎるだろう。 ここから歩いて次の駅に向かうのと、一つ前の駅に引き返す距離はあまり変わらない。 二人は車内アナウンスに耳を傾けた後も特に何を話すわけでも無く、窓枠に切り取られた“絵”を観ていた。 そう深くは無い森の向こうに、ゆっくりと太陽が沈んでいく。 きっと反対側の窓からは、徐々に夜の帳が降りて星が輝き始めている頃だ。 「ユウさぁ」 しばらくの沈黙の後、不意にラビが声を上げた。 呼ばれた神田はファーストネームでの呼び掛けに眉を顰め、景色を見詰めたまま沈黙で先を促す。 「戦いが終わったら、何処行くんさ?」 いつもつまらない質問をしてくるラビは、今もまた普段と同程度の質問をしてくるものだと思っていた。 当てが外れたことで景色を観賞する事への集中力が途切れたのか、神田は漸く視線を戻してラビの顔を見遣った。 至極興味深そうな瞳は、好奇の色を含んでいない。 常から飄々とした印象与える片目は本気で、けれど何故本気でそんな事を訊いてくるのかと考えれば、やはりこ の質問もつまらない物に思えた。 「戦いが終わった時に、生きてるとは限んねェだろ」 予測の容易い未来を口にするのは、少し苦い思いだった。 昨日も今日も明日も戦い続ける自分たちには、『戦いが終わったら』と未来の事を語る権利はある。 だが、神田には遠い未来の自分の姿など見えていない。 戦いの最中でも、眼裏に浮かぶのは装置の中の蓮と底に落ちた花弁、それと―――。 神田は軽く舌打ちし、「くだらねェ事言うな」とまた窓の外へ視線を投げる。 そこに茜色の世界は無く、今はもう名も知らぬ星座が輝いていた。 「俺は、多分ブックマン継いで、新しい後継者探しながら、旅を続ける、と思う」 「・・・・‥そうかよ」 途切れ途切れの言葉に感じたのは、ブックマンを継ぐことでは無く、それを告げる事への迷い。 おそらくラビは、先程の神田の言葉を気遣ったのだろう。 生き残ることを前提に未来の話をする事は、許されるだろうかと。 神田からしてみれば誰がどんな未来を選ぼうと大して興味は無い。ただ、ラビが自分で決めたのならば、それ で良いんじゃないかとだけ。 「まぁ、俺もそんな先の話想像つかねーけどさ」 「・・・・‥それで?」 「え?」 「お前さっきから何が言いてぇんだよ」 射抜くように一瞥され、ラビは息を呑んだ。 鋭利な漆黒が、研いだナイフのような切れ味を持って向けられる。 隠し事など、研ぎ澄まされた感覚を持つ神田に通用するわけが無かった。 「任務終わって、近くの街で一泊した時・・‥・・露天商で指輪買ってただろ?」 「・・‥・・」 「あれ、アレンにやんの?」 「・・‥・・答える義務は無ェ」 その返答で、答えは出ていた。 ムッとした表情の神田は喋る気を無くしたのか、これ以上喋るとボロが出ると思ったのか、それ以降はラビ がどんなに声を掛けても返事どころか見向きさえしない。 ラビは小さな溜息を一つ吐いて床に下ろしていた足を座席の上に上げて両腕で抱え、まるで怒られた子供の ように俯く。あまり行儀が良いとは言えない格好に神田は苛立ちを覚えたが、口にはしなかった。 数十分前までの沈黙と今の沈黙は同じものであるのに、随分と居心地が悪い。 それがラビの質問の所為か、神田の答えの所為かと、問う者はいなかったが―――。 「アレンを」 またアイツの話かと、深い溜息が零れる。 名など出されなくても瞳を閉じればいつだってちらついている“白”は、神田の中で日常の一部と化してい た。任務でどれだけ離れていようと、忘れられない。忘れさせてはくれない真白。 「戦いが終わった後、そこに自分が居なくても、自分のもので在るように、縛る為さ?」 途切れ途切れの言葉は、先程とは違う意味合いを持って紡がれた。 予め答えを予測していながらの確認してくる口調は訝しげで、知らず口許が歪む。 「モヤシはこんなガラクタで、俺の腕の中に収まったりしねェ」 団服のポケットに無造作に入れていた指輪を取り出し、神田はクツリと喉を鳴らす。 錆色をした指輪は実際に錆びているわけでは無く、職人の手によって作られている途中、偶然生まれた色な のだと店主が言っていた。 普通に恋人達が贈り合うような白金のそれとは似ても似付かない代物だけれど、繊細な細工は露天商に置く には勿体ないほどの出来映えだった。 神田が露天商で歩みを止めた時、初めは物珍しさと気紛れが生じたのかと傍目から観ていたラビも、にこに こと笑いながら指輪を勧める店主の話を聞いて考えを変えた。 『この指輪は曰く付きなんです。離れ離れだった恋人達を引き合わせてくれると言われ、様々な人の手を渡 って来た・・‥・・そしてこの指輪には―――』 今まで付き合ってきて、神田が物に執着したところなど一度たりとも見たことが無い。 彼らしく無い行動を取ったわけは、ひとえにアレンへの執着の強さ。 繋ぎ止めておきたい、と。 離れ離れになっても、自分の命さえ失くしても、あの少年だけは。 「・・‥・・愛してる奴が先に死ぬとか、きついさ」 「愛してなんかいない」 「へ?」 ぽつりと、窓の外に一滴の雨が落ちた。 列車の天井をパラパラと叩いていた音はすぐに激しさを増し、開けっ放しにしていた窓の縁に当たった雨 が神田の頬を僅かに濡らした。 「アイツは俺を愛しているわけじゃない。俺も・・・・‥多分違う」 雨音に掻き消されそうな声音は、けれどしっかりとラビの耳に届く。 力無く呟かれるようで、自分自身に認めさせるような口調。 ラビは「嘘だろ?」と安易には口にしなかったが、神田の言葉を信じる気にもなれなかった。 冷徹だ、冷酷だと今でも教団内で言われ続けている神田がアレンに向ける眼差しや雰囲気は、誰から見た って慈しんでいるとしか思えない。アレンだって、その穏やか空気は万人に向けられていても、神田にだ けはどこか違う印象を持って接しているように見えた。 アレを、『愛し合っている恋人同士』と認識しているのはおそらくラビだけでは無い筈だ。 「多分って、どういう意味さ?」 「アイツが言ったんだ。俺が知るか」 「アレンが・・‥・・?」 『―――大変お待たせ致しました。これより運転を再開致しますので・・‥・・』 車内アナウンスが流れ、車体がガタンッと大きく揺れた。 神田は走り出した列車の窓から勢いよく降り込んできた雨に漸く重い腰を上げ、窓を閉める。 コンパートメントの中に響くのは、車輪の音と雨の音。 まるで先程までの会話の続きを阻むように鳴り響く音を聞きながら、ラビは窓の外を見詰める神田の漆黒 を見詰めた。 きっとこれ以上は、何も喋らないだろう。 だから、何も訊かないことにした。 これは神田とアレン二人の問題で、誰かが立ち入って良い話じゃない。 眼帯の無い、世界を映す左目をゆっくりと瞑れば、闇が訪れる。 教団に帰るまでは、数時間程度。 それまでの間、ラビは眠る事はなく、ただ眼を瞑って自然の音に耳を傾けていた。 喋り掛けてくる唯一の相手が沈黙したことで、車輪の音と雨音が激しくなったように感じる。 ラビの息遣いは寝息では無いが、もう目的地に着くまで話し掛けてくる事は無いだろう。 雨に打たれて不透明になった木枠の窓ガラスに眼を向け、小さく嘆息する。 神田は列車に乗ってからずっと窓の外を観ていたが、夕焼けを堪能していたラビとは違い、その瞳は世界の 色に注目をしていたわけでは無かった。 今回の任務に発つ前、久々に教団で顔を合わせた神田とアレンは、どちらからともなく肌を求めて、重ねた。 行為が終わって、まだ気怠げにベッドで横になっていたアレンをそのままに出立の準備をしていると、不意 に背中に温かな温度が触れた。 『神田、僕たちは愛し合えないね』 ぽつ、と落ちた言葉に鼓動が跳ねる。 ぎゅっと抱き締めてくる腕の強さに応えて腹に触れている手に己のそれを重ねてやれば、アレンは小さく 震えた。 『だって、愛し方も愛され方も知れないんだもの』 駄々を捏ねる幼い子供のように縋るくせに、言葉はそれと裏腹に、酷く達観していた。 抱き締めてくる腕の強さが想いの大きさだと、容易く変換はしない。 アレンが、そう言っていないから。 神田はアレンの二の腕を掴んで正面からその視線を受け止め、けれど何も言えず、触れるだけのキスを 落とした。アレンは泣きそうな顔をして笑いながら、自分からもキスを仕返して。 何度啄むように繰り返しても、愛を知らない自分たちの間にその感情が芽生えることは無いけれど、ラ ビが神田を呼びに来るまで、二人は別れを惜しむように口吻を交わしていた。 神田達が教団に戻ったのは、日付が変わった頃だった。 ラビに報告書を押し付けて足早にアレンの部屋を目指した神田は、見向きもせず通り過ぎようとした談話室 に明かりが灯っている事に気付き、ふと足を止めた。 完全に閉まっていなかった扉に手を掛け、ゆっくりと押し開く。 そこそこ面積のある談話室に人の姿は見えなかったが、たった一つの気配を感じた神田は、一番端のソファ に迷わず足を進めた。近付くにつれて確かに聞こえる寝息を、この教団の誰よりも知っている。 行為が終わった後、あまり激しくし過ぎて部屋に戻れなくなったこの少年を部屋に泊めてやった事は、一度 や二度では無い。 「モヤシ」 呼び掛けても返事は無く、神田はそっと傍らに膝を着いた。 口に入りそうになっている白髪を耳へ掛けてやり、露わになった左頬の傷を指でなぞる。 くっきりと残る痕はどこか作り物のようで触れても痛みを感じそうに無かったが、そういえばアレンにも左 胸の梵字に似たような事を言われたな、と口端を吊り上げた。 ―――その時、閉じられていた大きな瞳を縁取る睫毛が小さく震えた。 ゆっくり開かれていく目蓋の下から、美しい銀灰の双眸が現れる。 アレンは何度か瞬きをするとすぐ傍に居た存在に眼を丸くし、次いで「帰ってたんですね」と柔らかく微笑 んだ。 「おかえりなさい」 ソファに手を着いて起き上がったアレンはスペースを開け、神田に横に座るように促す。 神田は特に抗う理由も無く腰を下ろし、忘れないうちにとポケットに手を滑り込ませた。 「モ―――、」 「あ、そうだ・・‥・・神田、これ」 「?」 「神田達が任務に行っている間、リナリーと二人で街に降りて・・‥・・露天商で売っていたんです」 思い出したようにアレンがポケットから取り出したのは、錆色の耳飾り。 渡されたそれは細かい細工が施されているが石や宝石の類の装飾は何も無く、神田はハッと眼を瞠った。 「神田、ピアスホール無いから迷ったんですけど・・‥・・店主のおばさんが、『この耳飾りは曰く付きで、 大切な人と離れ離れになっても、また引き合わせてくれる』って・・‥・・そして、」 「・・‥・・『その耳飾りには、対になる指輪が存在する』」 「え?」 アレンはきょとんと眼を丸くし、どうして?と不思議そうに首を傾げた。 複雑な表情を浮かべた神田はポケットに突っ込んでいた掌で指輪を転がし、フッと口許を緩める。 ―――神田がこの指輪を買った露天商の店主は、『この指輪には対になる耳飾りが存在する』と言っていた。 『人の手で作られた時に偶然生まれた独特な錆色を持つ装飾具。その二つが揃った時に片割れを持っている 方が、共に未来を歩んでゆく人とも言われています』・・‥・・とも。 神田は指輪を取り出し、アレンの右手を取る。 左手にはイノセンスが宿されているので、填めるのならこちらだろう。 「こ、んな・・‥・・偶然・・‥・・」 右手の薬指に填められた錆色の指輪に、アレンの声は震えた。 世界に二つと無い装飾具が巡り逢い、その片割れが己の指に填められた事の意味に気付かないほど、アレン は子供では無い。自分が神田に渡した耳飾りは“そういうつもり”で渡したけれど、まさか神田が片割れを 持って、この手に填めてくれるとは夢にも思わなかった。 偶然にも程がある。 愛し合えない自分たちがこの装飾具に出会った事そのものが、偶然にも・・‥・・。 「神田・・‥・・僕は愛を知らない。マナに『愛している』って言われたけど、それがどんな物なのか分からない。 でもっ、君の事は大切なんです・・‥・・愛が分からないから、『愛してる』って言えないけど、だけど―――ッ」 胸に縋り付いて必死で喋るアレンの唇を己のそれで塞ぎ、その背を殊更優しく抱き竦める。 自分たちは愛を知らないけれど、それは永遠と決められた事では無い。 自分たちが『永遠』と決めなければ、可能性は在る。 「かん、だ・・‥・・神田っ、僕、いつかきっと言えると思います。君のこと、いつかッ」 「あぁ・・‥・・そうだな。お前も気長に待ってろ」 耳元で囁かれた言葉に泣き濡れた瞳が大きく瞠られ、花も恥じらうほど美しい笑顔が咲く。 神田はアレンの右手に填められた指輪に、「いつか」の為の約束を、口吻で誓った。 報告書を届けて談話室の前を通りかかったラビは、視界に入った光景に眼を丸くしたが、次いで目許を和らげた。 聞こえてきた声は『愛を知らない』と言っていたけれど、本当はただ気付いていないだけなのだろう。 互いに想い合っている彼らの中に在る感情は、決して易くはない。 「一緒に居るお前ら見てたら、知ってるように見えるんだけどなぁ・・・・‥」 揶揄したくなる気持ちを抑えて、ラビは自室へと足を向けた。 明日目覚めて会ったときには、アレンの指に填められている指輪をネタにしてからかってやろう。 鼻歌混じりで歩くラビの足は、知らず弾んでいた。
可笑しいな。 原作ベース(久し振り過ぎたよ・・‥‥)を書くのだからシリアスを目指したかったのに。 某A様のリクエストが『神田がアレンにプレゼントでベタ甘〜♪』だったので、忠実にも 従ってしまったのかしら(笑) ラビ兄さん大好きだー!! スキップするくらい神アレを愛でておくれ!!(笑) さて。現在0530AM。 出勤準備してきます。 2006/11/12/ canon
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