Flower that doesn't D
ザァッ―――――・・・ 「ぷはっ」 アレンは頭から被った湯を幾分落とすように顔を振り、先に身体を洗って湯に浸かっていた神田は後方に首を巡らせながら、 「まるで犬だな」と口にはせず思った。 時刻は日付も変わった深夜二時。教団の共同風呂は以前までは遅くまで働く者―――主に室長からコキ使われている科学班 ―――や、疲れて帰ってきたエクソシストの為に朝方四時まで使用可能だったが、最近になってコムイが各班の部屋がある 階に簡易シャワールームを設置したので、共同風呂は日付の変わる午前0時が使用リミットとされた。 ならば何故この二人が定時を過ぎているのに風呂に入っているかと言うと、そこには『特別な』わけがあった。 全世界の黒の教団所属団員の中で、“恋人”という枠組みで見られる男女は数少ない。科学班や救護班などの団員は結婚し ている者も多く居るのだが、探索部隊に所属する者は余程の覚悟が無い限りはヴァチカンからでさえ結婚の許可が許されな いのだ。 前線で命を懸けなくてはならない状況が多くある中、もし殉職をすれば残された家族は哀しみの余り伯爵に付け入られ、夫 をAKUMAにしかねないリスクがある。 それは教団にとっても、殉職した団員にとっても喜ばれる事では無い。 中でもエクソシストである者達には、“結婚”などという話は初めからあってはならない職業だ。 過去の記録で稀に結婚した例があったが、激しい戦闘の中でエクソシストは死に、結婚すると決めた時に覚悟を持った妻は 哀しみに囚われて最悪の結果を招いてしまった。 それから何年もの間、エクソシストの中で惹かれ合う存在を確認すると、上からの判断で二人は別々の支部に飛ばされたり と決して結ばれない想いを殺され続けてきた。 だが、暗黙の了解とされるそれらの決め事を破る人間も時にはいる。ヴァチカンや議会の人間は渋い顔をするが、“結婚” では無くただの“恋人”であれば、親代わりである師の許可と本部室長の許可が下りれば問題は解決される。いつから始ま った事かは分からないが、無茶な屁理屈で強引に認めさせたエクソシストがいたという事だろう。 今となってはそのエクソシストに感謝しなければならない神田とアレンだが、その無茶な話の上に、神田はヴァチカンが腰 を抜かす提案をした。それも、 『混浴の時間帯を作れ』 恋人の関係を許可したコムイや師は腹を抱えて笑ったが、ヴァチカンなどは面白いほどに憤慨したらしい。 『恋人という特例を出してやったのに、混浴まで望むとは・・・!』と、なかなか愉快な怒り方だったそうだが、ヴァチカン の怒りは神田にとって大した事では無かった。 本部を始め、支部の建物の管理は室長に一任されており、別に「各自室にバスルームを作れ」と言っているわけでは無いの でコストも全く掛からない。 一応内容を説明してみれば、コムイは二つ返事で了承を返した。 『じゃあ午前0時から3時までの間ね。あ、ちゃんとお風呂の栓は抜くんだよ?』とだけ。後は紙一枚にサラリとサインだ けで終わり、ヴァチカンは「好きにすれば!?」と顔を真っ赤にして匙を投げたのだった。 身体と髪を洗ったアレンが身体にタオルを巻いて戻って来ると、神田はエクソシストでありながらどこか抜けているアレン が足を滑らせないようにと手を伸ばす。アレンはその意図が伝わったのか少し頬を膨らませたが、力強い手を取って神田の 横に身を沈めた。 「一緒にお風呂は入れる事になって良かったですね」 「お前が言い出した事だろうが」 そう。元はと言えば、『混浴の時間帯が欲しい』と言ったのは神田では無い。普段白い肌を湯の熱で薄っすらと赤くさせた、 この少女だ。 「だって、僕ら会える時間だって少ないんですよ?たまーにある教団での逢瀬なんですから、お風呂くらい一緒に入ったっ て良いじゃないですか」 何か悪いですか?と何でも無い事のように言うアレンに溜息を吐き、神田は額を手で押さえた。 自分で言うのは恥ずかしいから、と押し切られ厭々ながら室長室に足を運んだならば、普段この教団に殆ど顔を出さない 放浪癖のある元帥二名がコムイと談話していた。 自分の師であるティエドールと、アレンの師であるクロス。神田はこの先どれだけこのネタで遊ばれるだろうかと頭を痛く しながら、アレンお手製の提案書をコムイに渡した。そして数秒後、室長室は爆笑の渦に巻き込まれたのだ。 コムイからは「本当に大好きだねぇ神田君・・・このムッツリ!」、ティエドールからは「風呂は身体を清める場所だからね?」、 教団から出て行く際クロスが言った言葉はティエドールより直接的で、神田にとっては屈辱以外の何物でも無かった。 『風呂場でヤると後は楽だがな』 「チッ・・・!!」 アレンはビクリと肩を震わせ、突然舌打ちした恋人を窺い見た。 「神田・・・僕と一緒にお風呂入るの嫌でした?」 哀しそうに訊いてきたアレンの肩を引き寄せ、「俺がそう言ったか?」と呆れるように呟く。 返された言葉に破顔して首に両手を回し、ギュッとしがみついてきたアレンは可愛いが、否と言えば否かも知れなかった。 神田は比較的に情や欲に薄い思考ではあるのだが、可愛い恋人が布一枚に肌を包んで抱き付いているこの状況を容易く乗り 切るほど不健康では無い。 だがまさかクロスの言葉通りの行動に出るのは耐えられず、神田はアレンの背を撫でて「もう上がるぞ」と促した。 アレンはまだ入っていたいのにと唇を尖らせたが、それに軽くキスをすると、お姫様の機嫌はすぐに直ったようだ。 神田は先に出てアレンを引き上げ、二人して脱衣所に戻る。 『明るい場所は嫌だ』と裸を見られるのを嫌うアレンの死角になる場所に置いていたタオルを手に取り、手早く水滴を取り 去って服を身に纏う。『明かりの下で見た事ぐらいいくらでもあるだろうが』と口に出すとアレンが逆上せてしまいそうな ので言わない神田だったが・・・・・・まぁ、いくらでもあるという関係なのだ。 「もう良いか?」 自分の着替えを終えた神田が後方に言葉を投げれば、可愛らしいアルトは何故か笑みを含んでハイと答えた。 何かあったのかと訝しげに振り返った瞬間、神田は眩暈を起こす。 「えへへ、可愛いでしょ?」 夜着を身に着けたアレンはにっこりと微笑み、神田の元へ近寄ると上目遣いに「ね?」と問う。 神田は眉根を寄せてアレンを見下ろし、同意すれば良いのか何か別の言葉を掛ければ良いのか迷った。 アレンの夜着は今まで神田が一度も見た事が無い物で、何と言うか、肌の露出度が随分高い物だ。 渋い顔をする恋人の前で一度クルリと回り、白い頬を赤く染めた少女は「リナリーがお揃いでくれたんです」と嬉しそうに 笑って言った。 「『ベビードール』って言うらしいです。今までこういうの着た事無いから、なんかドキドキします」 寄生型を左腕に持つ事で、アレンは小さい頃から夏場でも薄い長袖を身に着けていたと以前話していた。 だからこんなに嬉しそうなのだろう・・・と理解は出来る。淡いオレンジのベビードールはふんわりとしたアレンの空気によく 似合うし、口にはしないが愛らしいとも思う。 だがこれが自分以外の目に入る危険性を考えるととても面白く無く、神田は自分の着ていたシャツを脱ぐと目を瞬かせている アレンの肩に掛けた。 「部屋に戻ったら脱げ。湯上りでそんな格好してたら風邪ひくだろうが」 後半部分の言葉は、少し目を逸らしながら言った。けれど次にアレンと視線を合わせれば、それは先程浮かべていた笑顔より も甘く、照れくさそうな微笑を浮かべていて。 「・・・何だ」 「何でもありません。・・・神田?」 「あ?」 「ありがとうございます。大好きですよ」 完全に本心を見破られて、神田は厭そうに「どういたしまして」と返す。クスクスと飽きる事無く笑い続ける少女に痺れを 切らしたのか、少女の荷物を奪い取って脇に抱え、余った手で細い手を掴んだ。 共に寝る事に変わりが無ければ、寝床はアレンの部屋でも神田の部屋でも良い事になっている。 特にどちらと決まっているわけでは無いが、今日は風呂場に近い神田の部屋になった。アレンを他の目に触れさせたくない からだろうと想像はついても、それを指摘する人間は幸いにもこの時間就寝していたようだ。 部屋に着くと鍵を開け、アレンを中に入れる。すると部屋で待っていた―――どこから入ったのだろうか?―――ティムキャ ンピーがパタパタと飛んで来て、その後ろを神田の通信用ゴーレムが付いてきた。 いつの間に仲が良くなったのか知らないが、この二体のゴーレムも主人達同様、最初は仲が悪かった筈だ。 主人達の関係の変化に寄るものかどうかは分からないが、顔を合わせる度に喧嘩をするよりは随分マシだろう。 神田は洗面所へ行くと持っていた荷物を洗濯籠へ放り、棚から昼に取り込んだばかりでまだ陽の匂いのするタオルを取り出す。 ベッドサイドを背凭れにして床に座り込んでいたアレンの後ろに回り込み、自分はベッドの淵に腰を下ろした。 柔らかな白い髪にタオルを乗せ、水分を吸い取っていく。ドライヤーもあるにはあるが、触り心地の良い髪が熱で傷んでしま うのは喜べないので、時間がある時にはアレンの髪は神田が拭いてやっていた。 髪を触られると眠くなるのか、アレンは自分を挟むようにしていた神田の足の片方に頭を乗せる。 少し猫の擦り寄る仕草に似ていて、そういえば猫毛だな、と神田は気付かれぬように笑った。 「良いぞ。もう寝ろ」 「ん・・・や。神田の拭く」 「俺は風呂場で拭いたんだよ」 舌っ足らずに呟きながら伸びてきた手を掴み、ベッドに引き上げる。もう目がとろんとなっているアレンは本気で自分の髪を 拭く気だったのだろうかと呆れて肩を竦め、シーツの中に入れようとした時―――――、 「あっ」 パチッと目を開いたアレンは声を上げて神田の腕の中から離れ、神田は少し眉を寄せたが、すぐにフッと笑った。 起き上がったアレンは机に近付き、机上にある装置の中の蓮に微笑みかける。 そして、まるで何かの儀式のように装置にチュッと口付けた。 「おやすみなさい」 それで満足したのか、アレンはまた神田の腕の中へと帰って来た。 身を摺り寄せ、神田にも「おやすみなさい」と消えそうな声で呟き、すぐに夢の中へ落ちていく。 アレンに、あの装置が何であるのか言った事は無い。 感づいているとも思えないが、いつからかアレンは寝る前にあのような事をし出すようになっていた。 物に執着しない神田が、唯一持っている“インテリア”はアレンにも珍しく、時折それを見る神田の視線を自分なりに解釈し たのか、初めて装置に口付けをした日に「神田の大事にしている物は僕も大事ですから」と微笑んで言った事だけは覚えてい る。 ――――― そのインテリアの中に浮く薄桃色の蓮の花は、すでに三枚目の花弁を落としていた。 「後・・・どれくらいだ?」 神田の寿命を知らせる蓮の花弁は、その身に死が近付くと装置の底にヒラリと落ちてしまうようになっている。 祖国の春に咲く花を思わせるように一枚、また一枚と無情にも散り、最後には花を守る装置すら壊れるのだろう。 その時・・・もしかしたらこの少女も壊れてしまうのでは無いか? 神田はアレンが自分の傍に居れば居るほど、肌を重ねれば重ねるほど、そんなどうしようも無い事を深く考えてしまうように なっていた。 確かな熱を現実に感じるけれど、いつか失うと分かり切っている近い未来は恐ろしい。 気を抜けば震えてしまうのでは無いかと思う自分の拳をアレンの背後で握り締め、神田は知らず噛み切っていた口許に自嘲の 笑みを浮かべた。 「・・・神田?」 見下ろすと眠っていた筈の銀灰と目が合い、名を呼ばれた神田はアレンの額にキスを贈る。 「いつ任務が入るか分からねェんだ。寝てろ」 「神田は?」 長く会話を続ければアレンの眠気が覚めてしまうのではと危惧した神田の思い遣りを知る事無く、本人は全く気にしない様子 でベッドに手を付いて起き上がった。 その様子に何を言っても無駄だろうなと肩を竦めた神田は、自分も身体を起こしてベッドヘッドに背を預け、アレンを横抱き にしてその肩にシーツを掛けた。 「眠れないんですか?」 「別に・・・眠気がこねぇだけだ」 「それを『眠れない』って言うと思うんですけどねー」 揶揄するように笑うアレンは神田の肩に頭を乗せ、手近にあった黒髪へ指を絡ませる。 手に取った端からサラリと重力に従って落ちる、それを「飽きないのか?」と思うほど繰り返すアレンの瞳は、どこか寂しそ うに、愛しそうに、一度伏せられた。 「『お前に大切なものは無いのかよ』」 「?」 「初めての任務で、神田が僕に言った言葉です」 微笑むアレンが背伸びをし、神田の額と自分のそれを合わせる。 「ここにある」 喉の奥から搾り出した声が、神田の耳に届く。シンとした室内に、少女の声が響いた。 「ここに在りますよ・・・?大切な人。と、その大切な花」 「―――ッ!?」 知られていた事に、悟られていた事に少しの居た堪れなさを感じながら、言葉と同時に襟元を掴んだ小さな手を自分の掌で 包む。 挑むように自分を見つめるアレンの瞳は、透き通る涙を湛えていた。 それが零れる前に指を伸ばせば、一滴の雫が指の先に乗る。 瞬きをせずとも銀灰から零れた水は、まるでアレンの心のようだと神田は思う。心を涙で例えるのはおかしいかも知れないが、 アレンの涙は、その心のように美しいと思った。 マテールで壊れた人形と死んだ人間の為に涙を流しているのを見た時も、涙腺から込み上げる水分はあんなにも美しいものだっ ただろうかと。 視線を逸らさない神田の漆黒を見つめ、アレンは詰めていた息を吐き出す。 気が少し緩んだのか、幾つかの涙はまた神田の服の色を変えた。 「神田が任務に行っている間、貰った合鍵でずっと神田の部屋にいました。ベッドで眠ったり、椅子に座ったりして・・・でも半 月前、あの花の花弁が一枚落ちたんです」 それだけでは何も思わなかったアレンだったが、その数分後、神田が任務で重症を負ったと通信が入った。 驚異的な回復力が時の経つごとに衰えていたのは、マテール以降で組んだ任務の時も感じていた。 けれどアレンは、ずっと訊けずにいた。二人の関係が変わっても、深く繋がっても。心が『答え』という未来を恐怖し、その 時まで薄っすらと自分の中に息衝いていた最悪の答えに蓋をしてきたのだ。 その日から、アレンは神田の部屋に入るのが怖くなった。花弁が落ちていたらと思うと、扉に鎖した鍵を回す指も震えて涙が 込み上げてしまう日々。 目に見える最愛の人の有限を示す花は、鮮やかに咲き誇りながらも儚かった。 「昨日、神田が帰って来てくれて嬉しかった。回線を繋いで声を聞いてもずっと怖くて、だから・・・あんなお願い・・・・」 少しでも、ほんの数分でも良い。一緒に居たくて、混浴などという提案した。本当は眠っている時間だって惜しくて、さっき もずっと起きていたのだと言うアレンは、涙を止める術を知らない子供のように顔を俯かせた。 神田は短い袖の夜着から伸びる赤黒い手を取り、細い身体を腕の中に閉じ込める。 鼓動が皮膚を通して聞こえる程強く抱き締め、アレンの耳に口を寄せて「すまない」と、押し殺した声音で言った。 「先に、伝えていれば良かったな」 「遅かれ早かれ、僕は君に惹かれている自分を知っていました。これは僕が選んだ事です」 俯きかけた神田の頬を両手で捕らえ、薄っすらと涙のフィルターを通した視界で神田を見詰める。 揺れる銀灰は漆黒を逃がさぬよう縫い止め、そしてふわりと微笑んだ。 「痛みは共有出来ない。だったら、時間だけでも。・・・・想いだけでも傍に」 祈るように捧げられた言葉に、神田は苦笑を漏らす。 アレンという花が咲くためには、驕りだと分かっていても、おそらく己が必要で。 そしてあの蓮が咲き続ける為には、アレンという枯れない花が、自分には必要なのだ。 a lotus flower 花言葉は休養。 互いの傍らだけは、ただ安らかで在れ。
蓮の花言葉は好きです。 葉・花・根・実と四つの言葉があります。 実の「あなたを想うと切なくて眠れない」は中国の解釈なのでしょうか・・・・。 だとしたら、何と無くアジアらしい考えだなと思いました。日本も同じ事を 歌にしていますよね。短歌の時とか。欧米はもっと情熱的でしょうし・・・・? 確かに神アレに合っているとも思うんですが、なかなか切なかったです。 2006 09 23 sat
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