背中から抱き付かれ、腕を腹の前で組まれた神田は着替えを阻止された事に小さく苛立った。
おい、と声を掛けても返る返事は無く、いっそ無理矢理引き剥がして部屋の外にでも追い出してやろうかと思う。
任務から帰って束の間の休息を得ようと自室に足を運べば、扉の前にはいつからそこにいたのか、随分と冷たい肌のアレンが蹲っていた。
神田の足音がすると顔を上げて、酷く安堵したように今にも泣きそうな顔で「おかえりなさい」と言うものだから何となく部屋に入れてしまったのだが、神田はふと『自分たちは決して抱き合うような関係じゃ無い』と呆れ果てた。
恋人でも無ければ友人でも無い。”仲間”と言えば、最大限の譲歩だろう。
「何なんだよテメェは」
言葉に、やはり返る声は無い。
アレンはただ温もりを求める幼子のように神田の熱を求めているだけで、その他には何も要らないような、そんな態度だった。
「……分かったから一度放せ。着替えてェんだよ」
組まれた手をポンポンと叩いてやれば、それはゆっくりとではあるが言うことをきいた。
ちらりと一瞥しても俯いている所為でアレンの表情は見えなかったが、明るくない事だけは確かだ。
神田は団服を脱ぎ、シャツを着替えてから高く結った髪を解く。
その間ずっと突っ立っていたままのアレンは何を思ったのか、唐突に「ごめんなさい」と呟くと、部屋を出ていこうとした。
「おい?」
「……ごめんなさい。邪魔して、ごめん、」
一度も神田の顔を見ないまま呟かれた声に、先程とは違う苛立ちが沸いた。
ドアノブに掛けた手を強引に外させ、驚きに目を丸くするアレンを勢いのままベッドへと投げ捨てる。
ギリギリで受け身をとったアレンは意味が分からず戸惑いの眼差しを向けたが、神田は盛大な溜息の後に舌打ちを一つすると、自分もベッドに上がって寝転んだ。
「あ、の……神田……」
「俺は寝る。引っ付いていたいなら勝手にしてろ。安眠妨害だけはするなよ」
空気の振動が、アレンの身体が少しだけ強張ったのを伝えた。
ギシ、とスプリングが鳴いた後、背中にぴったりと温もりが触れる。
しばらくして聞こえてきた寝息はとても穏やかで、神田はアレンを起こさないように、向かい合う形に体勢を変えた。
あのまま部屋を出すことを許していたら、こいつは誰の部屋に行った?
ラビか、コムイか、他の誰かか。
いずれにせよ、そうされる事を好ましく思わなかった自分が居たのは事実で。
神田は唇に触れた白く柔らかい前髪を片手で分け、気紛れで額に口吻ける。
そこには初めて会った時に侮辱した「呪い」があったが、さほど気にはならなかった。
(気紛れだ。これは)
誰に言い訳をするでも無く、自分に言い聞かせるように。
擦り寄ってくるアレンの腰に腕を回して、目蓋を閉じた。