「ねぇ」

 散らかった服の中から自分の物を探りつつ、まだベッドから起き上がりそうにない相手に声を掛ける。
 うつ伏せになってピクリとも動かない男は、けれど寝ているわけじゃない。

「寝たふりしないで下さいよ」
「うるせぇ。 用が済んだなら出て行け」

 吐き捨てられた一言に肩を竦め、べっと舌を出す。
 自分が連れ込んだんじゃないですか、という文句が咽喉まで出掛かるけど、怒りは沸点に達する前に冷めた。いや、冷めさせた、というべきだろうか。
 『用が済んだなら出て行け』、なんて最低な言葉、初めて聞いたときは思わず手が出たけど、何度も繰り返しているうちにどうでもよくなった。
 大体、する前もした後も淡白で、最中だけ妙に熱っぽい相手だなんて思ってもみなかった。
 正直、面倒臭い。面倒臭すぎる。
 それでもずるずる関係を続けているのは、本当にもう、馬鹿みたいにどうしようもない理由で。

「あーあ、ひっどいなぁ。 僕はこんなに好きなのに」
「棒読みで言っても説得力ねェな」

 ふざけんな。わざとに決まってるじゃないですか。

「棒読みじゃなかったら信じる気あるんですか?」
「ねェな」

 そうでしょうね、と呆れたように言いながら、ざっくり斬りつけられた胸が痛む。
 好きになって欲しいだとか、愛してほしいだとか言うつもりはないけれど、肌を重ねているなりの優しさは見せて欲しいな……。
 なんて、本当はこれっぽっちも思ってない。
 僕は結構、今の関係を気に入っている。相手の中に深く入り込まないことを暗黙の了解として、たった一度関係を持っただけであれこれと人のことを知りたがる人たちより、神田はずっと良い。
 ただ、好きになってしまったことだけは自分の落ち度だった。まさかこんな冷血漢を好きになるなんて思わなかったから、ちょっと油断していたのかも知れない。
 だけどこの『好き』は、気まぐれな猫を愛しいと思うのと変わらない。決して返される愛情じゃないと分かっているから、馬鹿みたいに、ただ想うだけで満たされる。
 すごく、お手軽な気持ち。

「神田」

 想いが通じれば良いと思ったことはない。
 僕はこの関係を気に入っている。
 好きと嫌いがせめぎ合って作り出しているこの均衡を保つことができるなら、この想いは通じなくても良い。
 通じなければ良い。


「神田」

「僕は君のこと好きですよ」

「だから、君は僕のことを嫌いなままでいて下さい」

「君がもし僕を好きになったら、僕は君を嫌いになるから」


 扉のノブに手を掛けて、それじゃあ、と別れを告げる。
 訝しげな顔の神田は扉が閉まる瞬間まで、睨むようにこちらを見ていた。






その冷たい声で吐き捨てて。
天秤を揺らさないために、僕は愛を囁く。

|Date : 2009.08.26





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送