黒の教団物語



 狐は冗談が好きで、犬は苦労性。
 お姉さん肌の白狐と、お兄ちゃん肌の橙ウサギ。
 寂しがり屋の仔猫に、過保護な黒猫。

 ここはみんなが暮らす『黒の教団』



「モヤシィィィーーーーー!!」

 突然教団内に雄叫びが響いた。
 食堂に現れた神田は真っ黒い耳とシッポの毛を逆立てている。
 普段の美しく滑らかな毛並みは何処へやら、今はそんな事に構っている場合では無いらしい。

「アレン君がどうかしたの?」
「ユウ〜、突然どうしたさ?」

 何だ何だ、と寄ってきたのは白狐のリナリーとオレンジウサギのラビ。

「モヤシを見なかったか!?」

 『モヤシ』というのは教団に住むエクソシストの一匹で、神田が大切にしている仔猫の事だ。
 それを言うと神田自身は「別に大切になんかしていない!」とすぐに吠える。
 どこから見ても素晴らしい過保護ブリなのに……。

「私は見てないわよ?」
「ん〜俺も今日は見てないさ」
「チッ、モヤシのやつ何処に行きやがった!?」

 苦虫を噛み潰したような表情で周囲を見回す黒い瞳はギラギラと注意を放つ。

「目を離した隙に部屋から居なくなったんだ……あんな小さい奴がこんな広い教団で迷子にでもなったらっ……」
「やぁね神田。アレン君だってここに来てもう1ヶ月よ?」
「そうそう、生まれて3ヶ月くらい経つんだろ? 放っておいても大丈夫さ。遊び飽きたら自分から帰って来るさ」
「確かにアイツはここに来て1ヶ月だ。生まれて3ヶ月は経っている……」

 だがな、と神田は鋭い目つきの中に不安と怒りを滲ませた。

「コムイのキツネ野郎に捕まったらどうする……?」

 その場にひんやりとした空気が漂った。

「手伝うわよ。神田」
「俺も一緒に手伝うさ」
「悪いな」

 一致団結。
 そう、(腹)黒狐のコムイのこと、コムイ・リーというキツネはリナリーの実兄。
 妹とは似ても似付かない性格の持ち主で、珍しいものは何でも実験して調べるという変態なのだ。
 そんなキツネの手に純白の毛と銀灰色の瞳を持つアレンが捕まれば、二度とあの愛らしい仔猫には会えないかもしれない。
 3匹は背筋に冷たいものを感じながら、音速で食堂から走り去った。





§





「あれぇ〜? ちょうちょさ〜ん?」

 問題のアレンは何処にいるかというと、……当の本人もよく分かっていなかった。
 神田から「おやつを持って来てやるから大人しく待っていろ」と言われ、アレンはソファの上で丸まっていた。だが神田が出ていって数分後、窓から入ってきた真っ青な色をした蝶に、二つの銀灰はきらりと輝いた。
 結果、本能が「追い掛けろ」というままに、神田の言い付けを破って部屋を出てきてしまったのだ。

「ちょうちょさん……。あれ? ここどこだろう……?」

 辺りを見回せば積み上がった本の山。前後左右、足下にまで散乱している紙の丘。
 アレンはぼんやりと教団に来たときの事を思い出す。
 この教団の裏の森で神田に拾われた後、汚れていた身体を丁寧に洗われた。
 そのときに神田が言っていたのだ。

『本や書類が積み上がった部屋には間違っても入るな。もし入ってしまったら、迷わず、振り返らず逃げろ』

 アレンは意識を引き戻してもう一度辺りを見回す。

「ほんのやま……かみのおか……もしかして、ここ……」
「おーい、誰か居るのかぁ?」
「ふにゃあぁぁっ!!!!」

 背後から声を掛けられ、小さな身体が数十センチ飛び上がった。
 よろめいて着地した途端、背後に積み上がっていた書類が雪崩の如くアレンに襲い掛かる。

「ふぇっ?」

 バサーッと書類が崩れ落ち、床に新しく白い丘が出来上がった。
 驚いて瞑った目をゆっくり開くと、自分に襲い掛かって来た筈の紙が足下に見える。

「あれ? ぼく、ういてる?」

 プラプラとぶら下がっている足を眺めていると、ふいに首の後ろがくすぐったい気がしてきた。
 首をグーッと持ち上げると。

「……おはな?」
「もう降ろして良いかな? 仔猫ちゃん」
「みぎゃーっ!!!!」
「うぉ!?」

 ジタバタと4本の足を必死に動かして銜えられていた口から飛び降り、少し離れた場所にあった大きな机の影に逃げ込む。
 追ってくる気配の無い存在に少しずつ心を落ち着かせ、顔だけをヒョコと出してみる。
 そこに先程の大きな犬はいなかった。

「あ、いない」
「おい、仔猫ちゃん」

 背後から声を掛けられ、アレンは目に涙を浮かべてゆっくりと振り向く。

「あのな……」
「っふぇ……」

(た、たべられる……)

「お?」
「っ、ふぇっ、うぇぇっ!!」
「おい!!」

 一度切れてしまった緊張の糸はなかなか元に戻らない。
 大声で泣き続けている仔猫をおろおろと見つめながら、リーバーは困惑した。

(って、どこの仔猫だよこの仔は!!)
「っひ……く、かんだっ、かんだぁぁぁっ……」
(ん? 神田? ……そういえば1ヶ月くらい前に神田が森で仔猫を拾ったと噂で聞いたが……)
「お前神田のとこの仔猫なのか?」

 神田、という名を出した瞬間仔猫は鳴くのを止めてリーバーを見上げた。
 真ん丸な銀の瞳は涙に濡れてキラキラと光る。
 将来有望だな、とリーバーは内心で呟き、仔猫と目線を合わせた。

「俺はリーバー。お前さんは?」
「あれん」

 にぱっ、と微笑んだ顔が可愛らしい。
 これは噂に聞く神田の溺愛ぶりがよく解る。

「アレン、ここで何してるんだ?」
「キレイなちょうちょさんがここにはいってったの」
「蝶……?」

 リーバーはつい先程コムイが虫籠に入れていた蝶を思い出す。
 真っ青な羽根の美しい蝶で、珍種だとコムイが喜んで実験室に消えていった。

「あ〜、……そうか、じゃあここからはもう逃げてしまったんだろ」

 無責任な発言だが、この小さな仔猫に事のあらましを細かく説明するには残酷な話だ。
 リーバー自身あの蝶のその後など知りはしない。否、知りたくもない。

「そっかぁ……」

 残念そうに肩を落としたアレンを、リーバーはもう一度まじまじと見つめる。

(本当に可愛い仔猫だな)

 滑らかな純白の毛は手入れが行き届いていて、毎日舐めてもらっているのだろうと想像が付く。
 銀灰色の瞳は宝石のように輝いており、見る者の目を一目で惹く容姿をしている。
 これでは神田が不用意に部屋の外へ出るなと命じるのも頷けた。
 この珍種としか思えない仔猫は、きっとコムイに発見され次第実験室へと連れ込まれてしまうだろう。

「なぁ、アレン。俺が神田のところに連れて行ってやろうか?」
「え?」

 自分を守ってくれる者の傍から離れてしまった事はアレンにも不安だったらしく、少し寝ていた耳がピンと立った。

「つれってってくれるの? かんだにあえるの?」

 喜々とした瞳でリーバーの足下をクルクルと廻る。神田に会えるのが嬉しくて堪らないようだ。

「おう。ほら、乗りな」
「うん!!」

 体勢を低くして背中に乗せてやろうとすると、アレンは何を思ったか頭の上に飛び乗った。
 ちょっと後退してくれないか、と頼もうとしたが、ふかふかの毛の中に身を埋めて楽しそうな声を上げるので溜息を吐いて諦めた。

「落ちないようにな」
「はーい!!」

 るんるん気分で浮かれてはいるが、本当の闘いはここからだった。





§





 一方こちらはアレン探索部隊。

「いたか!?」
「こっちにはいないわ!!」
「こっちもさ!!」

 大変な騒ぎになっていた。
 とにかく一刻も早く、コムイに出会う前にアレンを探し出さなければならないのだ。
 だが、3匹が息を乱れさせて教団内を駆け回ったのにも関わらず、あの可愛い耳もシッポも見当たりはしない。
 普段から特殊訓練を受けている3匹もさすがに限界が近付いてきた。

「っ……何処に行ったんだ」

 ガラにも無く神田は弱気で、不安そうな声を洩らす。
 普段の彼からは想像の出来ない暗い表情に、ラビとリナリーは彼のアレンに対する想いを思い浮かべていた。

(神田……あなたまさかショタコンだったの?)
(ユウ……お前いつからホモになったさ?)

 二人の脳に『親心』の2文字は無いようだ。


「……んだに……える〜……かんだにあえる〜……」


 ふいに何処からか歌声が聞こえてきた。
 仔猫特有の高めの声。楽しそうに奏でる意味不明なメロディ。微かに聞き取れる猫の名。

「「「イターーー!!!!」」」

 目標の仔猫は長い廊下の果てから犬(リーバー)の頭の上に乗って楽しそうに揺られている。

「かんだにあえる〜♪」
「モヤシ!!」

 感極まった神田が声を張り上げて愛すべき仔猫の名を呼ぶ。
 当然、声はアレンの耳にまで届いた。

「あ!! かんだっ、かんだ〜!!」

 リーバーの頭から軽やかに降り立ち、大好きな神田に向かって迷わずに走っていく。
 リナリーは両目を潤ませ、ラビは鼻を啜り、リーバーはうんうんと首を縦に振る。
 神田も全速でアレンの元へ急いで走り、感動の場が生まれ・・・・・・



 ぬぅ〜〜〜〜〜。



 空気が凍り付く。
 神田も凍り付く。
 その場に居た全員は完璧に凍り付いた。
 ただ1匹を残して。

「にゃ?」
「あれあれ? みんなどうしたの?」


 曰くの男、コムイ・リーだ。
 突然、狭い壁の隙間から出てきた。
 ……何故だ。


「逃げろおぉぉぉおぉぉぉっっっ!!!!」


 一拍後、これまでにない絶叫が教団内に轟いた。

「ラビ!!!!」
「伸伸伸伸伸しぃぃぃぃぃん!!!!」





 何という光景だろう。
 オレンジ色のウサギが槌に乗って飛翔した。





「アレン!!」
「あっ、らび!! ……ぇ? ふぇぇぇぇぇぇっ?」

 ラビはアレンの身体を床から掬い上げ、そのままアレン達が来た廊下を物凄いスピードで引き返す。
 おそらくリナリーのダークブーツ辺りなら追い付けるだろうが、彼女は味方だ。
 その兄は別だが。

「今の……」
「何でもないわよ兄さん!!」
「あぁそうだ!! お前が見たものは全て幻覚だ!!」
「疲れが堪ってるんですよ室長!!!!」

 その場に残った全員はコムイの見つめる視線の先を塞ぐようにわたわたと動き回る。
 だが、

「なんて美味しそうなウサギなんだ……」

 本日2度目のブリザード到来。





 何という光景だろう。
 いつもは仲間である筈のコムイの目が、完全に捕食者と化している。





「夕ごはーんッ!!!!」
「兄さんッお腹壊すわよー!?」
「標的がウサギに変わったなら問題無ぇな……」
「いや、お前ら本当に仲間か?」

 兄の腹の調子を心配するリナリー。
 アレンの無事が保証されれば後はどうにでもなれという神田。
 突っ込まずにはいられないリーバー。

「あのなぁ、神田。非常に申し上げにくいんだがな……」
「何だ?」

 安心しきった顔にこの質問を投げ掛けていいかどうか……とリーバーは悩んだが。

「あの仔猫ちゃん、ラビが持って行ったぞ……?」

 肉級の指し示す方向には捕食者もその食料の姿も無い。

 本日3度目のブリザード。





「ラァァビィィィっーーー!!!!」





 おそらく任務中ですら誰も見たことの無い駿足を神田は披露した。
 その後をリナリーがダークブーツを発動して追う。
 リーバーはというと、

「ごめん、許して」

 戦線離脱。
 ずるずると壁に寄り掛かって去っていく若者達の背中を見送る。
 無力で申し訳ないのだが、老犬には辛いものがあるようだった。





§





「ねぇ、らび……どこにいくの? かんだは? ぼく……かんだにあいたい」

 やっと会えたのに、せっかく目の前に居たのに、と涙を浮かべてラビは見上げられる。
 ラビは心底申し訳なく思うが、アレンをコムイに易々と渡すわけにはいかない。
 ラビにとってもアレンは可愛い弟のような存在なのだ。

「すぐに会えるから、我慢してくれ。な?」
「ふみぃ……」

 先程まで神田に会えた事の嬉しさは何処へやら、アレンの白い耳はへにゃんとなってしまっている。

「と、とりあえずユウの部屋にでも行くさ〜」
「かんだのへやにいったら、かんだにあえる?」
「待ってたらそのうち来ると思うさ」
「うん、まってる」

 イイ子だな、と小さな頭を撫でると、アレンはふわりと微笑んだ。

(ユウが惚れるのも解る気がするさね〜)

 ラビの中で神田はホモに決定付けられたらしい。





 ダダダダダダダダダダダダダッ!!!!!!!





 背後から激しい足音が聞こえ、ラビは振り返った。

「アレン、ちゃんと掴まってろ」
「え?なぁに? っ、にゃぁぁぁぁぁッ!!!!」
「もう嫌さぁぁぁあぁぁぁあぁっ!!!!」

 驚きのあまりアレンは叫ぶ事しか出来ないが、ラビは恐怖からしか叫ぶことが出来ない。
 涙目で飛行するラビの耳にしがみつき、放すまいとアレンは強風に揺れる。

「アレンは絶対に渡さねぇさーー!!」
「待てウサギぃぃぃぁぁあああ!!!!」



「俺ぇぇえぇぇえぇえぇえぇえぇえ!!?」



 捕食者の標的が自分だという事に、今気付いた。
 そしてラビは思う。



 あぁ、俺ウサギじゃん。
 コムイってばキツネじゃん。
 ウサギがキツネに狙われるのは当たり前さ……。
 そう、当たり前。
 自然の摂理……。
 コムイの狙いが俺ならもう迷う事なんて無いさ……。






「ユウゥゥゥッ!!!!」




 ラビは満身の力を に込め、大きく後方に振りかぶった。

「受け取れえぇぇぇっっっ!!!!」

「にやぁっ……」
「モヤシーーー!!!!」

 床上5mの高さからアレンは放り投げられた。
 宙でグルグルと回転しながら墜ちていくアレンの落下地点へと神田が走る。
 かつて無い神田の瞬発力にリナリーは追い付けず、少し遅れて後方から叫ぶ。

「キャーッ!!」


 ドサッ


 アレンが墜ちた音が、静かな廊下に一瞬だけ響いた。
 リナリーは長いふさふさのシッポで目を覆い隠し、音に身を竦ませる。
 しん、と静まり返った廊下に突如鳴き声が上がった。

「っうぇ、ふぇぇぇっ……かんだぁ……ひっ」

 怪我でもしたのか、とリナリーは顔を上げたが、見たところ問題は無いようだ。
 アレンは神田の胸元にしがみついて、涙が両目からボロボロと溢れるのを優しく舐め取られている。

(わー……神田が優しいわ……ちょっと、ティム。ティムキャンピー!!)

 小声でアレンの監視役兼小姓の名を呼び、録画して、と一言命じるとティムは喜々として頼みを受けた。
 その様子に気付いていない神田は、強風に逆立てられたアレンの身体を一生懸命に舐める。
 本当に過保護というか、親馬鹿というか。

(きっとコレ売れるわぁ……)

 こんな事を考える辺り、やはり彼女はコムイの妹だと改めて認識させられる。

「ちょ……ちょうちょさんさがしてたの……そしたらっ、かんだが、はいっちゃダメって……っ、おへやッ」
「無事なら良い」

 小さい身体に頬を擦り寄せる神田を見て、リナリーは口に出さず呟いた。

(この可愛さじゃ神田がショタコンになっても仕方無いわねぇ〜)

 リナリーの中で神田はショタコンに決定付けられたらしい。

「あら? そういえばラビは?」
「あっ、これらびがみんなにみせろって」

 アレンはシッポに括り付けられている紙ごとフリフリと振ってみせ、神田が器用に結ばれた紐を解いた。
 何というか、あの状況でこの手紙をいつアレンのシッポに括り付けたのか不思議でならない。
 やはり彼も一流のエクソシストだという事か。
 クシャクシャの紙を床に広げて伸ばし、そこに書かれてある文字を覗き込む。





 『みんなへ。
 俺はこのままエジプトに行って来る。
 古代から砂漠を守護しているスフィンクスっていう奴に守ってもらうさ。
 ほとぼりが冷めるまで行って来るから、任務も現地から行く。
 頼むから探すな。
 じゃ、そういう事で。
 生きて会える日を楽しみにしてるさ。

 P.S

 アレン、いくら非常事態でも耳囓るのヤメテ。』






 神田とリナリーは顔を見合わせ、ラビが飛んでいった方を見遣る。

(ラビ……スフィンクスは動かねぇぜ……)
(ラビ……あなたと食卓の上で会わないことを祈っているわ……)
(み……みみ、かじっちゃった……?)





§





 こうしてアレンは無事に神田の元へと戻り、教団に平和が訪れた。
 その日の夜。

「かんだぁ〜ぎゅぅ〜」
「何なんだよお前は」
「ん〜、もうちょうちょさんがきてもガマンする〜」
「……そうしてくれ。もう寝るぞ」
「はーいっ、おやすみなさーい」





§





 あるいはこんな夜。

「アンタ何処までついてくるさー!?」
「ははははははっっっ!!!!!」
「チクショー!! っっっぬぅあっ樹!?」


 ボスッ


 ズル


 ズルズルズルズル……


「いらっしゃぁぁぁい……」
「…………きゅぅ」





§





 そしてこんな夜。

「リーバー班長、よくあそこまで兄さんに見付からないで来られたわよね」
「ああ、俺は犬だからな。鼻が利くのさ」
「ところでリーバー班長の犬種って何なのかしら?」
「…………雑種」












居た堪れなくて反転あとがき。
サイト開設2ヵ月後の話ですね。
よくもまぁ……書いたな、こんな救いようのない話を……lllOrz
手の付けようがなく、手の施しようもないまま再掲載しました。
真面目に手が付けられなくて改行くらいしかやり直してないよ。
本当に何なんだこの話……私これ書いてて楽しかったのか……。
……今改めて思うんですが、そこはかとなーく……コムラビに見えるのは私だけですか。

08.03.15 canon





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