心間的距離













不幸な生い立ちや経験が小さい頃から周囲に在ったせいか、アレンは教団に来た時とても無表情で無口な少年だった。
それでも徐々に慣れ親しんで、3ヶ月も経つ頃には教団に住む者達の9割以上とは仲良くなっていた。
極端な人見知りも和らぎ、最近ではラビとも仲良くなったらしい。
ただ一人を除いては、アレンは少しずつ社交的な子供になりつつあった。





「アレン君、ラビの事最初嫌いだった?」

唐突に訊かれ、椅子に座って絵本を読んでいたアレンは顔を上げる。
銀灰色の美しい瞳がリナリーを見上げると可愛らしく首を傾げた。

「どうして?」
「ん〜、私や兄さん達とはすぐに仲良くなったけどラビとは時間が掛かったから・・・かな?」

リナリーはコムイに頼まれた資料を整理しつつアレンと何でも良いからコミュニケーションを取ろうとする。
時間を掛けてゆっくり慣れていけば良いとも思うが、少しでも早く教団に溶け込んで欲しいのだ。
アレンは宙を見つめながら足をプラプラと動かし、しばらくしてリナリーに向き直った。

「前のラビはイヤ。今のラビはスキ」

何とも不思議な言葉を返されたリナリーは目を丸くする。
7歳児の考える事は所詮7歳児にしか解らないとは思う。
けれど、何とかして理解しようと努めた。

「えーっと、前のラビと今のラビって何が違うのかしら?」

アレンにとっては答えなどとうに出ているだろうに、何故か口にするのを渋る。
初めて会った時のラビがアレンに何か危害を加えたとは思えないし、ラビ自身子供を苛めるような青年ではない。
可愛くて構う事はあっても嫌がる事などしない筈だが・・・。
リナリーは“最近になって仲が良くなった”理由を考えて見る事にした。
最近、とは言っても1週間ほど前から食堂などで楽しそうに話すアレンとラビを見かけたのが最初。
そのうち大抵一緒にいたリナリーやコムイの傍を離れ、気付けばラビにベッタリとなついていた。
今日はラビが任務なのでリナリーにくっついているのだ。

「リナリー」
「え?」

不意に名を呼ばれ、考え事に没頭していたリナリーはハッと顔を上げた。

「僕はだぁれ?」

悪戯っ子のような瞳。
きゅっと上がった口の端が何とも可愛らしく、リナリーはそんな事を考えている場合では無いと頭を振った。

「アレン君、でしょ?」

謎かけかと思考を巡らせたが、正解だったらしい。
アレンは嬉しそうに微笑んだ。

「うん。だから、今のラビはスキなの」

そう言うと、アレンは再び絵本に目を落とす。
何から何まで理解不能になったリナリーは悶々としながらも作業を再開させるしかなかった。


















ラビが任務から帰ったのはその4日後。
丁度夕食時に帰ってきて『お腹が空いた』と散々喚くラビを引きずり、リナリーは食堂にアレンを残して談話室に向かった。

「最近ラビとアレン君って仲良いでしょ?理由を訊きたいの」

至極真面目な表情で言い放ったリナリーにラビはぽかんとしてしまう。

「何でそんな事・・・?」
「アレン君がラビに懐かない間は気にならなかったのよ。
・・・私、アレン君はラビみたいな“青年”の部類の人間が嫌いなんだと思っていたの。でも最近になって仲良くなっちゃうし」
「・・・・・・リナリーは結局何の話がしたいさ?」
「だから!どうしてラビには懐いたのに神田には懐かないのかって言いたいのよ!!」

二人の間を隔てていた机を力一杯叩き、酷い剣幕で詰め寄ってきたリナリーにラビは逃げ腰になってしまう。
途端にラビの胃で鳴っていた虫達も沈黙してしまった。

「あぁ・・・そういう事。それは――――」




ガシャーーーンッ!!!!!




食堂の方から何やら馬鹿でかい音がして、リナリーとラビは同時に立ち上がった。
談話室と食堂はすぐ近くにある為、大きな声で騒げば扉の外でも筒抜けになる。
聞こえてきた声に、二人は顔を見合わせて走った。



「テメェなんかモヤシで十分だろうが!!!!!」
「違うもんっ、アレンだもん!!モヤシじゃない!!!!!!」

言い争う渦中の人物は件の神田とアレンだった。
駆け込んできたラビとリナリーは食堂の中心で喚き散らす二人に肩を落とし、深く溜息を吐く。
その反応は彼等だから出来ることだろう。
何故なら食堂にいる科学班や探索部隊の人間は関わり合いになりたくないために中心から輪を描いて渦中の二人を
視界に入れないようにしているからだ。
7歳児のアレンに対し物凄い剣幕で怒っている神田を誰も止める気は無い。
巻き込まれれば最後、自身に災いが降り掛かるのだから。

「・・・・・・ユウ・・・端から見たらちょー大人げねぇさ・・・・・・」
「中身が子供なのよ・・・って、止めなさいラビ!!」
「何で俺なんさ!!リナリーが行けば良い事だろ!?」
「ライオンの親は子供を鍛えるために、時には崖から突き落とす事も厭わないものなのよ!!!」
「俺はライオンじゃねぇ!!!!」

傍迷惑な人間が増えた・・・、そう誰もが思ったのだという。
それは後日談として、

「呪われたガキなんざモヤシで十分だろうが!!!!!!!!!!!!」

一際大きな声が食堂に響き渡り、沈黙が場を覆う。
全ての者達がゆっくりと視線を神田と対峙していたアレンに移すと、アレンは神田を見上げたまま呆然と突っ立っていた。
そんなアレンに構う事無く神田はのびかけの蕎麦を眉間に皺を寄せて食べ始める。
神田は黙々と箸を動かし、アレンは黙って立っていて、傍迷惑な二人もすでに言い争いを止めていた。
誰もが胸を撫で下ろす光景の筈なのに、空気は何故か重い。
原因はおそらく神田の傍らで突っ立ったままのアレン。
皆が声を掛けようかどうかを小声で相談し始めたとき、アレンは踵を返して出入り口の扉の方へと歩き出した。
俯いて歩いてきたアレンにリナリーとラビは慌てて声を掛けようとしたがアレンは二人の脇を素通りして廊下へと出る。

「ア・・・アレン君?」

控えめな声でリナリーが呼んでも、アレンが振り返る事は無かった。












アレンの後ろ姿が見えなくなると同時に、リナリーはダークブーツを発動した。
イノセンスを発動した彼女の駿足に叶う者はこの教団にはいない。
ラビが制する声も聞かず、リナリーは神田の座っていた席を一瞬のうちに粉砕した。

「ヒィィィィィィィィッ!!!!!!!!」

驚愕と恐怖から上げられる人々の声に構わず、リナリーは軽くかわして避けた神田を睨み付ける。
当然神田も応戦するために愛刀を鞘から抜き、食堂が一瞬にして戦場へと化そうとしたその時、

「リナリー!アレンの事でユウに怒るのは待つさ!!そんな事したら後で知ったアレンが哀しむぜ!!?」

避難場所を確保した場所からのラビの言葉に、リナリーはハッとした様子でイノセンスを解いた。
我に返って辺りを見回せば机として存在していた木片があちこちに散乱している。
口許に両手を当てて驚いているのは今までの行動が無意識に行われたからだろう。
相手が危害を加えないならば神田自身イノセンスを発動する理由は無い。
刀を鞘に納め、長い団服の裾を翻して食堂を去っていく。
隠れていたラビが出口に近付く神田に何事か耳打ちすると、忌々しげに舌打ちをして出ていった。


















『呪われたガキなんざモヤシで十分だろうが!!!!!!!!!!!!!』

胸の奥深く、自分の過去と現在を抉る言葉に、アレンは自室のベッドの上で静かに泣いていた。
幼い子供が一人で眠るには大きすぎるベッド。
捨てられたアレンを拾って実の子供のように育て、抱き締めてくれた養父はもう何処にもいない。
アレンは壁に備え付けられている鏡の前まで歩き、全く同じもう一人の自分を堪らず左手で殴り付けた。
左手は実の親から捨てられなければならなかった理由。
鏡を殴り付けた場所はAKUMAにしてしまった養父に呪われた瞳。
血の流れない左手には一切構わず、アレンは鏡が粉々になるまで殴り続ける。
何度も何度も打ち付けたために小さな手の爪はひび割れ、遣り場のない気持ちが収まったのは鏡が本来の役目を
果たせなくなってからだった。

「おい、モヤシ」

ノックの音も無しに開いた扉にアレンは身を竦ませた。
それが他でもなくつい先程まで怒鳴り合っていた神田の声だったからだ。

「俺はお前の事なんかどうでも良いがそうじゃない奴等が・・・・・・って、何してんだテメェ・・・」

黙って座り込んでいるアレンの傍らに膝を着いて覗き込めば粉々の鏡と爪の割れた左手が目に入る。
眉を顰めて口を開こうとした神田よりも一瞬早く、アレンは粉々の鏡を見つめたまま言った。

「呪われてたって、僕はアレンなんだよ?」

言い聞かせるように言う様は酷く子供らしく無い。
神田はアレンの歳を思い出しながら先程食堂で言った言葉が失言であったという事に今更気付く。
鬱陶しくて激昂に任せたとはいえ、7歳の子供に言うべき事ではなかった。

「モヤシ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

アレンは応えない。
ポタポタと床に落ちていく涙はそのまま、唇を噛んで声を出しまいときつく結んでいる。
神田が頭をグシャグシャと掻き上げると高く結っていた黒髪が重力に従って流れ落ちた。

「――――アレン」

覚悟を決めて声に出すと、アレンは濡れた瞳で神田を振り返る。
まるで信じられないものを見るような顔に居心地の悪さを感じて立ち上がろうとした瞬間、細く小さな腕が神田の首に回された。
無理に引き剥がそうという気には、なれない。
基本的に子供嫌いな神田は初めて会ったときからアレンを気に入らなかった。
大して戦力にもなりそうにない上に酷く生意気な子供。
だが気付けば危なっかしいこの少年を目で追い掛け、自らの視界に入っていない時があると探し歩く事もあった。





『可愛いなら抱き締めてやれよ。それだけで良いからさ』





食堂を出る時に囁かれた腐れ縁のエクソシストの言葉が甦る。
忌々しげに舌打ちをすればアレンはビクリと震えて腕を放そうとした。

「アレン」

だが名を呼ぶだけで離れようとした腕は更にきつく首に抱き付く。
親に縋る子供・・・、口には出さないが神田は心の中でそう呟いた。
背中をポンポンと叩いてやっていれば、泣き疲れたのかいつの間にか耳元に規則正しい寝息が聞こえてくる。
溜息を吐きながら小さな身体を両手で抱き上げ、アレンが眠るには余りあるベッドに寝かせる。
痛々しい左手に指を這わせるとアレンは微かに身動いだ。
が、このまま放って置くわけにもいかず、神田は手当をする事にした。


















「ねぇラビ、さっき神田に何を言ったの?」
「大した事じゃねーさ」

二人はアレンの部屋に夕食を運びに向かっていた。
あの言い争いの為に大食らいのアレンは夕食を食べ損なってしまっていたのを思い出したからだ。

「そういえばさっき言い掛けてたのは?アレン君がラビを気に入って、神田を気に入らない理由」
「あ〜、あれはね、名前さ」
「・・・・・・何?」

リナリーは瞳を瞬かせて聞き返す。

「アレンにとって自分の名前はすっげー意味があるものなんさ。
死んだ養父の・・・マナさん、が自分に残してくれたモノの一つだからな。俺の場合、最初ユウの真似してアレンの事
『モヤシ』って呼んでたろ?
だから懐いてもらえなかったんさ〜、最近はそんな事無くなったから仲良くなったってワケ」

ラビはニカッと楽しそうに微笑む。
アレンが今日自分に訊いた質問にはそういう意図があったのかとリナリーは納得した。
そして同時に、

「それは神田も嫌われるわけよね・・・」
「ユウはもうちょっと素直になるべきさねぇ〜」

雑談を繰り広げながらアレンの部屋に辿り着き、二人とも両手が塞がっているのでノック無しで扉を押す。
時間は10時前なのでまだギリギリ起きているかと思ったが、それは望みに過ぎなかった。
いやそれ以前にラビとリナリーは時が止まるのを感じた。

「ユ・・・ユウ・・・・・・?」
「何で一緒に寝てるの・・・?」

ベッドで眠っているのは部屋の主であるアレン一人では無く、犬猿の仲である筈の神田も一緒。
しかもアレンに腕枕を提供し、当のアレンは神田の胸元に顔を埋めて幸せそうな夢の住人と化している。
リナリーがまるで抱き合って寝ている二人に視線を這わせていると、ふとアレンの左手が包帯に覆われている事に気付き
声を上げそうになる。そして次の瞬間には眠っている二人が起きるほどの声が響く予定だったが、急遽変更。
ラビがリナリーの口を自分の掌で覆った。
空いた方の手を自分の口許に持っていき、人差し指を立てて喋るなと制する。
せっかく仲良くなった――――と思われる――――二人を起こすのは野暮というものだ、というラビの意図を理解し、
二人は音を立てないように廊下へ出た。
















安らかに眠る少年の夢。
温もりに抱かれて見る遠い過去の夢。





















僕の名前はマナが付けてくれたの?


じゃあ、僕がマナから初めて貰ったプレゼントは名前なんだね!!


ありがとう!マナ!!


ありがとう。


ありがとう・・・・・・父さん。

















醒めない夢などありはしないから。
今はまだ、
もう少しだけ。













×××××


5000hitありがとうございます!!例によってフリーです(^^)
3000・4000hitのお礼が出来なくてすみませんでした・・・。

最初6歳の設定、次5歳の設定、結局7歳の設定。
幼いけれど周りの事は解りだしている歳って7歳くらいで良いんですかね・・・二桁はさすがに育ちすぎでしたし。


canon  05 12 04 sun









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