記憶の中の傷痕 02


見覚えのない頭上の光に手を翳し、眩しさを遮る。 淡い暖色系のライトは目に優しかったが、身体は突然の光を受け入れられなかった。 「起きたのか?」 ギシリとどこかでスプリングが軋み、聞こえてきた心地良い声にアレンは詰めていた息をゆっくりと吐く。 宙を彷徨うように手を伸ばせばそれはすぐに温かい手に包まれ、嬉しくなったアレンは愛しい人の名を呼んだ。 「か、んだ・・・?」 「あぁ。・・・お前、ぶっ倒れたんだよ。教団に戻るより宿を借りる方が早かったからな・・・報告はしておいた」 正常に機能しない脳をフル回転させ、瞼を閉じてテープの巻き戻しのように一つ一つの場面を思い出していく。 それが重要な場面まで来ると脳は突然記憶の再生を止め、アレンはハッとした様子で閉じていた瞳を開いた。 「あ、の人・・・」 誰か、などと訊くまでも無く。 「あの人・・・僕のお母さん、なんですよね・・・・・・」 舌に馴染みの無い単語が可笑しいのか、けれどその微笑みは酷く疲れていて。 神田はベッドの端に腰を下ろし、アレンの髪を優しく梳いてやった。 「生後間もなくお前を捨てたって言う・・・両親の片割れか」 「『お母さん』ってよく解りませんけど・・・凄いですね。生まれて間もなく捨てた筈の子供が解るんですよ?僕・・・髪の色 も目の色も変わっちゃってるのに・・・」 永遠に出会う事など無いと思っていた人物との再会。 例え会ったとしてもアレンは実の両親の記憶など無いし、向こうだって今のアレンに気付く事は絶対に無いと思っていた のに。 あの婦人の顔は、あまりにもアレンに似ていた。 以前神田に自分の生い立ちを説明した事があり、アレンはその時に本来の髪と瞳の色も雑談のように話した。 ただの雑談だった筈のそれは、今ではアレンの中でも神田の中でも、婦人との血縁関係を明らかにするモノでしか無い。 少しだけ癖のある茶髪に透き通るような蒼い瞳の婦人は、アレンが普通の女の子として生きていればあのように成長してい たのだろうと容易く想像出来た。 両手で顔を覆うアレンの手をやんわりと外せば、泣き濡れた銀灰色が露わになる。 婦人とは似ても似付かない瞳の色、色素の抜け落ちた髪を労るように撫でれば、小さな身体は細かく震えていった。 「痛い・・・・・」 捨てられる原因となった左腕が、誰にも気付かれない悲鳴を上げる。 哀しみの記憶を埋め込まれた左腕。 無償の愛を与えてくれる筈の親から拒絶された事をアレン自身が憶えていなくても、心では無く、身体が思い出してしまった。 せめて神田達のような装備型で在れば、この哀しい少女の運命も大きく変わっていたかも知れない。 無意味な、理想論でしか無いけれど。 「か、んだ・・・ッ、んっ・・・・ぅ」 心の痛みを身体の痛みとして訴えるアレンの唇を塞ぎ、開いた隙間から舌を差し込む。逃げる事も叶わないままアレンの 舌は神田に絡め取られ、まるでアレンの苦痛を和らげるようにして口腔に愛撫を施した。 時間を掛けて口付けた二人の口許には銀糸が伝い、神田はアレンの顔をペロリと舐める。 そのまま額や頬、唇にキスの雨を降らせ、徐々に首筋や鎖骨のラインを辿った辺りでアレンのシャツのボタンを外し始めた。 哀しみの中で混乱しているアレンでも、神田が何をしようとしているかくらいは解る歳だ。 弱味に付け込むわけでは無い。 神田の行動はいつだって自分を想ってくれているからだと知っているから、アレンは抵抗など欠片もせず、全てを彼に任せた。 回数を重ねても丹念な愛撫は恥ずかしいし、灯りの下で一糸纏わぬ姿になる事にも躊躇いはある。 だがそれ以上に、安心を惜しみなく与えてくれる腕に抱かれたかった。 「ぁ、・・・ん、はっぁ・・・・・・」 肌を滑る指は時間を掛けてアレンの不安を拭い、執拗な愛撫で羞恥の意識を内側から追い出す。 縋る物を求めて腕を伸ばせば普段から好んで触れる黒髪に手が届き、高い位置で結われていた細い糸がパラパラとアレン の素肌に落ちた。 そんな小さな事にも敏感に反応する身体は幾度抱いても初々しく神田の欲を煽る。 純真無垢な生き物を快楽に溺れさせる事はどこか背徳的だが、神田に信じるべき神はいない。 密かに『神の愛娘』と教団やヴァチカンで噂されている少女が神田の下で乱れる様を、誰が想像するだろうか。 「や、っんだ・・・ヤッ・・・!」 下肢が冷たい外気に触れたと感じた時に纏っていたのは乱れたシャツと団服のスカートのみ。胸や腿を滑る手に翻弄されて いくばかりで、自分がどれ程厭らしい姿でいるかなど気を回している余裕は無かった。 柔らかな胸の頂きを口に含んで舌で嬲り、時折甘噛みをするとアレンの華奢な身体は魚のように跳ねる。 水から上げられて苦しさに跳ねるわけでは無く、恋人の腕の中で水を得て優美に泳ぐように、真っ白な少女は喘いだ。 「アレン・・・」 「あっ、ぅん・・・か、だ・・・もぉッ」 良いから、と伸ばされた腕を取り、二の腕にも跡を刻みつける。 力を加えれば折れてしまいそうな右腕と、肩から指先まで赤黒く変色している左腕、そのどちらにも、神田は慈しむように キスをした。 「ふっ、ぁ・・・あぁぁんッ!」 受け入れる為に濡らされた蕾に灼熱を挿入させながら、神田はアレンの背を抱き締めて最奥を穿つ。 この瞬間だけは、ただ快楽を求めて支配されれば良い。 哀しみに溢れた日常も、突き付けられた過去も全て意識の端に追い遣って。 「神田ッ、あ、っ・・・ん、ぅあっあぁ・・・!」 「大丈夫だ。・・・ここにいる・・・」 言葉にアレンは目を見開いて、そして切なそうに美しい微笑みを浮かべた。 『ここにいる』 その言葉は神田が変わらずアレンの傍にいるという事、アレンが変わらず・・・どこにも行く事無く、神田の傍に存在する という事。 過去を深く思い出す事への恐怖に駆られていた心は、温かな腕に抱かれて夢の中へと堕ちた。
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