誰もが欲しがるその無な指先



神田が教団へと帰還したとき、時刻は午前一時を回っていた。
アレンが任務に出ていないことは確認済みなので、部屋に行けばおそらく居るだろう。
ただ起きているかいないかは、分からなかったが。
「あ、ユウ」
談話室の前を足早に通り過ぎようとしていたとき、灯りの漏れていた室内から声が掛かる。
無視することも出来たが、神田は反射的に足を止めていた。
扉を開けば、すぐ傍のソファに背を預けている同僚の姿が目に入る。
にんまりと笑うその表情は悪戯好きの子供のようで、とても同い年だとは思えない。
「おかえり」
「モヤシは部屋に居るんだろうな?」
「帰って来た途端『モヤシ』さ? ……一時間前くらいに引っ込んだから、起きてるかは知らないさ」
居ることが分かれば良い。
そう態度で示すなり踵を返すと、不意に後方から腕を掴まれる。
誰、などと訊くまでもなく、相手は悪戯好きの子供だ。
「離せ、クソウサギ」
「いやいや、こんな時でも無きゃユウと二人っきりになる機会なんてそう無いし?」
こんな時、とは、”アレンの居ない時“という意味だろう。
神田はふとテーブルの上に転がっている酒の瓶の本数を数えながら、ハァと大きな溜息を吐いた。
向けられる翠色の奥に在るものに、嫌悪感は無い。
寧ろ挑戦的な眼差し含まれる熱っぽさに、嘲笑の笑みが零れる。
初めて会った頃から「好きだ」、「綺麗だ」と挨拶のように繰り返していたこの同僚が、自分にどんな種類の好意を持っていたかは知っていた。
ただアレンという存在が居る今でもその想いが続いていたことを知ると、いっそ哀れだ。
普段は自制しているものが、酒の力を借りてタガが外れているらしい。
「余所を当たれ」
「別に、ユウに手ぇ出す気は無いさ」
こうして見てるだけでも満足。
だって、俺アレンも好きだし?
付け足された言葉に、掴まれていた腕を振り払った。
「だって、アレン可愛いんだもん」
(だもん、じゃねェよ)
「いっつもにこにこ笑っててさ、あぁいうの、虐めたくなるよな」
ベッドの中とか?
ヒュンッ。
毎度の事ながら、一言多い奴だと思う。
好きだ何だという相手の逆鱗に触れるような言葉を、よくもまぁすらすらと吐く。
ツ……と頬を流れた鮮血が、神田のイノセンスの切っ先を伝い、ソファに染みを作った。
「痛いさ〜」
「避けようと思えば簡単だったろ、このマゾヒスト」
「ユウは根っからのSだもんな?」
クツクツと、それでも余裕そうに笑うこの男が、妙に腹立たしくおぞましい。
本気なだけに、性質が悪いと言ったところか。
正直、面倒臭い。
「訊いて良い?」
いい加減この場を去ろうかと考えたとき、思わぬ真剣な声に視線を向ける。
クッ、と笑い声が止まり、緊張の漂う静寂。
「どこが良かった?」
今まで、誰にも靡かなかったくせに。
あの子供のどこが良かった?
「言っとくけど、これ、思ってんの俺だけじゃねぇさ」
他意は無いから答えてくれ。
そう告げる同僚に、答えを返す義務は無かった。
神田の感情は神田と、その一部はアレンへのものだ。
答えなければならない理由は、無い。
けれど、
あの子供でなければならない理由は、在った。
「あいつは俺を、お前らと同じ目では見ていないからな」
それが理由だ、と答えれば、翠色の双眸が丸くなる。
納得のいくような、いかないような表情。
「あいつは俺に染まらない。それも理由だ」
この同僚を含む多数の団員とは違う、曝け出された剥きだしの感情。
自分の感情のままに話し、動き、対等であろうとする様は見ていて飽きない。
見目がいい分、遠巻きではあるが自分が「事の対象」として見られていることを、神田は知っていた。
直接害は無かったので放っておいたが、男である自分が同性にその対象として見られることに歓びを感じる筈も無い。
だがそんな中、唐突に現れた毛色の違うエクソシストは、新鮮でもあった。

自分から、手を出してしまうほどには。

「惚れてんだ、ユウが」
「関係無ェだろ」
お前にも、誰にも。

その言葉を会話の終わりに、神田は談話室を出た。

















常日頃から、神田さんは皆に愛で殺されれば良いと思っています。
と、言うと神田総受みたいなイメージが湧きますが、神田さんはもちろん攻気質。
受が愛されることは当然の同人界で、密かに攻を攻として愛で殺したい所存であります。


07/11/05 canon





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