誰もがしがるその無情な指先



ギシ、
ベッドで寝転がっていると、両耳の横でベッドのスプリングが軋む音がした。
薄っすらと瞳を開ければ、そこに在ったのは九割が安心の闇色。
「いつ、帰ったんですか?」
彼は薄い唇を僅かに吊り上げただけで、答えるつもりは無さそうだった。
無事に帰ってきてくれたのだから、別にそれで構わないのだけれど。
「おかえりなさい、神田」
自分を世界から覆い隠す闇を掻き分けるように黒髪に指を滑らせれば、ほんの一瞬、点けっ放しにしていた部屋のライトが見えた。
けれどそれは、本当に、ほんの一瞬。
次の瞬間、光を求めた指先は、光を遮断した者の手の中にあった。
指先だけを甘く噛まれ、身体がピクリと跳ねる。それに気を良くしたのか、神田は少し笑ったようだ。
(どうしたのかな・・・・・・)
突然現れて、何だと言うのだろう。
そうは思いつつも、この先に続くのだろう行為を拒むつもりの無い自分に呆れた溜息が零れた。
壊れ掛けの壁時計の短針は、午前二時を指している。
明日は午後から任務が入っていたな、とぼんやり思いながら、アレンは視線を戻して端正な顔立ちの青年を見上げた。
「するのは良いんですけど、」
けど、何だ? と問うてくる瞳が、続く言葉を待って細められる。
勝手に入ってきて、勝手に人の上に覆い被さって、随分と勝手な態度だ。
二度目の溜息は、闇色に慣れた視界で、彼の双眸を拗ねたように見詰めながら。
「明日、任務だから」
優しくして下さい。
言葉では無く、また指を甘く噛んで、それが了承の意味を含んでいた。
指の先を噛まれ、舐められて、掌に口付けが落とされる。
くすぐったいと身動ぎすると少し遠くにあった神田の顔がぐっと近くなり、そのまま鎖骨の辺りに顔を埋められた。
何だろう、と思う間も無く、ちゅ、と皮膚に冷たいものが触れる。
ぴちゃ、と舐められる音はきっととても小さなものなのに、耳には煩いほど響いた。
「ァ、」
可愛らしいキス程度でも感じるこの身体を知り尽くした神田は、「優しくして」という要望に応えているつもりなのか、ただ執拗に一つの場所を攻め続ける。
シャツのボタンを手馴れた仕草で外していく間にも、もう片方の手がアレンの熱を上げるために肉付きの薄い脇腹を這う。
初めは同性で身体を繋げるなんて有り得ないと逃げ回っていたが、いざその時が来てみると、神田は普段から想像も出来ないほど優しく抱いてくれた。
未知の快楽に恐怖して怯える身体をこんな風に愛撫で宥め、口付けで緊張を解すところは変わらない。
もちろん今となっては怯えも緊張も無いが、順を追って愛される行為は、アレンは嫌いじゃなかった。
「ふ、んッ」
初めに肌に触れたのは、もう何分前だったか。
ようやく唇に落とされたキスに、期待に満ちた甘い声が漏れる。
「んっ」
舌が唇をぺろりと舐め、開けろ、と促す。
この指に、瞳に、仕草に、落とされる。
至近距離で落とされる視線の、凄まじい色香といったら。
「ぁ――んぅッ」
震える唇を僅かに開けば、良い子だ、とでも言うように眉間に口付けられ、唇が深く重ねられた。
あっさりと陥落した自分の意志の弱さに呆れて縮こまっている舌を、侵入してきた同じものが引き摺りだす。
絡められ、吸われて、ビクッと上半身が浮いた瞬間、まるで手品のようにシャツが剥ぎ取られた。
「あ……」
肌寒くなってきた季節に、自然肩が強張る。
温もりを求めて手を伸ばせば、クッと咽喉で笑う声が降ってきた。
「寒いのかよ」
肌はこんなに熱いのに。
揶揄を気に留めず、久々に聞く声に陶酔する。
「神田は、着てるから」
だから寒くないんでしょうけど。
僕は寒いんです。
だから温めて。
首に両腕を回してぎゅっと抱き着くと、クツクツと咽喉で笑う震動が伝わる。
何が可笑しいのかと長い髪を引っ張れば、止めろ、と尚も可笑しそうな声。
「何?」
「別に」
「嘘。何が可笑しいんですか?」
「別に、って」
言ってんだろ。
グッ、と腰と肩を抱かれたと思った瞬間、ぐるりと世界が反転する。
アレンは神田の身体の上へ、神田は今までアレンが寝ていたシーツへ、それぞれ体重を乗せた。
ぴったりと密着した身体から、互いの鼓動が分かる。
優しい仕草で、けれど猫と遊ぶように頬に触れてくる指先を甘受しながら、アレンは唇を尖らせた。
(神田が、意味も無く笑うわけ無い)
絶対に理由がある筈なのに、それを教えてくれないことがつまらない。
「ずるい」
口にしてみても、余裕たっぷりな表情を崩すことは出来ない。
つまらない。
本当につまらない。
こんなストレスを抱えるくらいなら、彼の気配など無視して狸寝入りでも決め込めば良かった。
「あぁ、ほんと、お前」
クッと、また笑いながら、だけどその続きの言葉を言う気は無いのだろう。
「・・・・・・もう良い。知らない」
子供っぽく不貞腐れ、神田の上からシーツの上へと転がる。
二人で眠るには狭いベッドなので、今日ばかりは不本意ながらも、神田の身体にぴったりと寄り添って身体を丸めた。
「寝ンのか?」
問いに言葉を返さず、更に身を丸くすることで肯定を伝える。
上からまた可笑しそうな笑い声が降ってきたが、もう怒ることも面倒臭かった。
大体、初めから間違っていたのだ。
神田にはきっと、初めから「する」気は無かった。
『するのは良いんですけど』
と先に言ってしまったのは、紛れも無く自分で、神田じゃない。
(僕がしたかったみたい。最悪)
髪を梳く指先が、首筋や頬を掠める。
どう考えてもわざとだった。
寝たいんですけど?と訴えるように視線だけを持ち上げると、何故か愛おし気に見下ろしている漆黒と目が合う。
(ほんと、に)
意味が分からない。
調子が狂う。
眠れない。
「ねぇ、」
何なの?
いい加減にして欲しいと乞うように訊ねる。
けれど、
「別に」
変わらない答えに焦れて、涙腺が緩くなる。
とは言っても、このくらいのことで泣くなんてプライドが許さないのだから、気持ちのやり場に困るだけだった。
言葉の遣り取りだけに、眠りの浅かった身体と頭が疲れを訴える。
ふっと曇ったアレンの表情に気付いた神田は微かに眉を寄せ、遣り過ぎたか、と自省の色を浮かべた。
「起こして悪かったな。もう寝ろ」
額に落とされた口付けが、宥めるようにあちこちへと散らばる。
散々人で遊んでおいて、最後には甘い声で囁くのだから、なんて酷い男だろう。
「きらい」
何か言ってやらないと気が済まなかった。
そして心にも無いこの言葉を選んだのは、アレンの精一杯の報復だ。
拗ねた響きになったことにはこの際目を瞑って、ほんの少しでも心を痛めてくれれば良いと思った。
殊更優しく触れてくる指先に抵抗は見せず、ただぐったりと身体の力を抜く。
もう何を言われても、反応できる気力は残っていなかった。
「アレン」
過ぎた悪戯に機嫌を取ろうとしているわけでも、眠りの淵から呼び醒まそうというわけでも無い。
寧ろ、夢の中に誘うように、声は甘く響いた。
閉じた目蓋に落とされる柔らかなものを感じながら、アレンは意識を手放す。
(おやすみ、神田)

起きたら、覚悟していて。

















超が付くほど強気なアレン君萌え。
皇帝気質×女王様気質(またの名を我儘プリンセス)みたいな神アレが原作ベースで読みたいですね。


07/11/05 canon





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