Anotherday, the other night.EX.



「アレン君、次これに着替えてくれる?」
「はーい、あれ? リナリー、ネクタイの結び方ってこうでしたっけ?」
がやがやと騒がしい黒の教団本部は、本日総出であるイベントに力を注いでいた。
その名も、「Anotherday, the other night 撮影会」。
平たく言えば、普段お世話になっている方々にせめてものお返しを、というお祭り企画だ。

自分と同じ黒のスーツを着ているリナリーからネクタイの結び方を習いながら、アレンは撮影をしている人物へと視線を移す。
今はラビが撮影の途中で、周囲には撮影班と化した科学班と野次馬が人だかりを作っていた。
普段はバンダナで上げている髪を下ろしているラビはなんとなく印象が違って見えて、医療班のお姉さんたちは遠巻きに黄色い声を上げている。
そしてここに居る黒髪のお姉さんの眉間に皺が刻まれているのは、何かの見間違いだろうか。
「リナリー、ラビが撮影してますよ?」
「ほんとね。騒がれちゃって馬鹿みたい」
「ば、馬鹿……」
ポケットに手を突っ込んで目蓋を閉じていたラビが、ふとこちらに気付いて軽く手を振ってくる。
つられてアレンも手を振ったが、アレンのネクタイを手際良く締めたリナリーは彼に一瞥もくれてやることなく、じゃあ後でね、と笑顔を残して去ってしまった。
きょとん、と目を丸くしていたラビは何かにハッと気付いた顔をして助けを求めるようなジェスチャーを送ってきたが、アレンもそこまでお人好しではない。
不可抗力とは言え、自分で撒いた種は自分で摘んでもらおう。
にっこりと笑ったアレンにラビはほっと胸を撫で下ろした顔をしたが、
が、
ん、
ばっ、
て!!
「……そりゃないさー!!」
そりゃなくない。
アレンは唇の動きだけで激励の言葉を送ると、叫び声をあげるラビを無視してくるりと踵を返した。
撮影会が始まる前に渡された紙をポケットから取り出し、次の撮影場所が談話室であることを確認して部屋を出る。
『撮影所』として使われている他にも、不在の団員の許可をとって空いている部屋を待合室として使用している辺り、今回のイベントの力の入れ具合は相当なものだった。
コムイの発案で決まったイベントはまた息抜きの口実かと皆呆れていたが、リーバーの話によるとコムイはこのイベントの下準備に取り掛かる前に、溜め込んでいたデスクワークを全て遣り遂げてしまったらしい。
それだけでも十分に凄いことなのだが、もっと凄いのは、
「あ、神田……!!」
談話室の前にその姿を認めると、アレンは駆け足で彼の元へと近付いた。
名を呼ばれた神田は至極不機嫌そうな顔で振り返り、駆け寄ってきたアレンの服装を見て小さく溜息を吐く。
「お前も、次談話室か?」
「神田も? じゃあ、僕は神田の次ですね」
-----もっと凄いのは、
この教団一イベント嫌いな神田が、どういう理由でかこのお祭り騒ぎに参加していることだった。
人の歓迎会や誕生会にも顔を出さないのに、と一時はかなり騒がれたが、当日となっては皆大忙しで、そんなことに構っている暇は無いようだ。
(だけど、こんなに格好良い神田、見られたら絶対に減る)
恋人の贔屓目と人は言うかも知れないが、それは違う。
きっと100人が100人、今の神田を見れば視線を留めずにはいられない筈だ。
ストイックな印象を持つ神田のスーツ姿は目の保養で、普段は高く結っている髪を首の位置で束ねているのも妙な色気がある。
その位置で髪を結っている姿など見慣れている筈のアレンでも、ただスーツを着ているというだけで今の神田とは真っ直ぐに向き合う自信が無かった。
(もう、この人ってなんでこう……)
俯いていく自分を、訝しげに見下ろす神田の視線が痛い。
ちらり、と上目遣いに見るとばっちり目が合ってしまい、思い切り赤面してしまった。
「……何赤くなってんだ、モヤシ」
「何でも、ない……」
「熱でもあるんじゃねェのか」
ほら、と手袋を外して伸びてきた手に額を触られ、ますます体温が上がる。
真面目な顔で熱を計ってくれるのは嬉しかったけれど、ぶんぶんと首を振って「違うんです」と訴えた。
「あ、あの、その……神田が、格好良いから……」
湯気でも噴きそうなほど真っ赤になったアレンを見下ろし、褒められた本人は硬直した。
(クソッ、……犯されてェのか)
恥じらいを帯び、目許まで朱色に染まった顔は目の毒としか言いようがない。
元々色白なだけに、僅かでも熱を帯びれば赤くなる肌の色は情事のときの姿を思い出させた。
頬を染めて睨んでくるくせに、その癖どこか甘ったるい。
それは甘い物が嫌いな神田が、唯一舌を這わせたくなるほど、甘美な表情で-----。
(チッ……こんな茶番、さっさと終わらせてやる)
「神田くーん、次良いよ〜?」
談話室の中からの声に、神田は大きく息を吐いて扉を開けた。
「やぁやぁ、よく来てくれたね」
「好きで来たんじゃねェよ」
「それもそうだけど……あ、アレン君も入っといで。きっと神田君はすぐに終わるから」
扉の外で待っているつもりだったアレンはしばし逡巡したが、良いから良いからと手招きされて室内に足を踏み入れる。
教団に在籍してからもう何ヶ月も経ったが、見たことの無い機材に囲まれた談話室の一角は妙に大袈裟で、そして本格的だった。
「じゃ、神田君から撮ろう。そこ立って、適当にポーズとって。何なら笑ってくれても良いけど?」
「何がポーズだ。馬鹿らしい」
指定の位置に立ち、けれど憮然とした表情の神田はカメラマンの指示を一蹴した。
ほら、やっぱりね。
苦笑交じりのウィンクを向けられたアレンはくすっと笑みを溢し、パシャッと光を浴びる恋人へと視線を注ぐ。
真っ直ぐに伸びた背筋、組んだ腕、射抜くような視線。
一瞬の隙も無い、美貌。
アレンは初め、お世話になっている方たちが喜んでくれるなら、とこのイベントに精一杯協力する気でいた。
もちろん、それは今も思っている。
だが、今回撮影したものはカードにして複数の「お世話になっている方」の元に分配されることを思い出すと、ここに来て、正直あまり乗り気では無くなっていた。
(せっかく滅多に見られない神田なら、一人占めしたかったなぁ)
それなら撮影が終わった後に二人で部屋に戻ってしまえば良いだけの話、では無い。
誰の目にも、出来ることなら触れさせたくなかった。
大体、いつもなら絶対に参加しないような内容のイベントなのに、どうして今回は大人しくしているのだろう。
「はーい終了。次、アレン君」
「あ、はいッ」
内心で首を傾げていたところに声を掛けられ、アレンは慌てて神田と入れ替わりで位置に着く。
すれ違った神田は先に部屋へ戻るかと思ったが、壁に背を預けたところを見ると、どうやら自分が終わるまで待っていてくれるようだった。
(僕も余計なこと考えてないで、早く終わらせよう)
すっ、と息を吸い込み、静かにレンズを見据える。
「良い瞳だね……アレン君、適当に動いてくれる?」
カシャン、カシャン。
動作の間に、神田のときよりも格段に多いシャッター音が響く。
振り返る瞬間、ゆっくりと天井を仰ぐ流れる動き。
そんな中途半端な格好を撮るコムイの感覚が、被写体であるアレンには分からなかった。
神田のときには、表情の変化を求めていたというのに。
「そのまま左手あげて……よしっ、終了!!」
「え、もう? コムイさん、僕ちゃんと出来てました?」
不安になって訊ねてみると、コムイは少し驚いたような顔をした後に、何故か神田を振り返る。
「出来てたよね、神田君」
「……」
神田の沈黙は、即ち肯定を意味する。
彼の目から見てもちゃんと撮影をこなせていたことに少しは誇らしくなるが、なんとなく納得がいかなかった。
神田ほど綺麗ならば、表情が無くても美しいだろう。
だけど自分は、表情を変えるくらいしなければ何の華も無い気がしたのだ。
その様子を察してか、壁に背を預けていた神田が突っ立ったまま動かないアレンの元へと近付く。
「何が納得いかねェんだ」
「だって……だって、僕無表情でしたよ? 神田はそれでも良いけど、僕のイメージじゃ無いでしょう?」
叱られた子供のような口調に、神田とコムイは目を合わせて肩を竦める。
その遣り取りをどう受け取ったのか、アレンはしゅんと項垂れた。
「カードなんかにして、欲しいと思ってくれる人が居るのかな」
「お前、気付いてないのか?」
「はい?」
呆れたような物言いに顔を上げると、腕を組んだ神田は珍しく口の端を吊り上げた。
「アレン君、本当にちゃんと出来ていたよ? 自分では分からなかったかも知れないけど、僕が撮った君の表情に一つも同じものは無かった」
「そんな筈ないです。僕、本当に……」
「うん。確かにレンズの前と神田君の前とじゃ随分違うけど、今撮影した君は普段どおりの君だったから」
「レンズの前と……神田の前?」
首を傾げると、斜め上からクッと咽喉で笑ったような声が降った。
さっきから何なのだと怒ったように睨めあげると、声をあげて笑い出したコムイが「ほらそれ」と指差す。
「神田君の前だと、作ってないんだよ。いや、作れないのかな?」
「当たり前だ。作られた顔なんざ見たくも無ェ」
二人の会話は噛み合っているというのに、当の本人は少しも話についていけない状況がお気に召さなかったらしい。
恨めしげに睨む目許を指で撫でれば、アレンは怒ったようにふいっと顔を背ける。
だが撮影中は無意識のことだったのだから、気付く筈も無いだろう。
今でこそクルクルと変わる表情は、恋人である神田が視界に居るからこそ。
お世話になっている方へのサービスとは言え、レンズの無機質な視線に、アレンの心に変化を齎すほどの力は無かったのだ。
「コムイ、一枚撮れ」
「っか、神田!?」
有り得ない突然の言葉に、アレンもコムイも口を開けた。
これは本当に神田!?
神田君の皮を被った別人!?
目だけでおろおろと会話をした二人に小さな舌打ちを漏らした神田は、早くしろ、と気まずげにもう一度言った。
「あ、あー、でもさ神田君。今回そういうオイシイ写真はカードに出来ないんだよ。不平等でしょ? 色々と」
「知ったことじゃ無ぇよ。大体、そんなモンにしなきゃ良い話だろうが」
「ぼ、僕!! 僕その写真欲しいです!!」
はいっ、と元気良く手を挙げたアレンの真剣な瞳に、コムイは周囲に居た科学班へと目配せをする。
君たち、黙っていられる?
苦笑混じりのどこか楽しそうな室長の瞳に、部下たちはただにんまりと笑ってみせた。
「よーし!! じゃあ今度は言うこと聞いてもらうよ神田君!! はい、アレン君の腰抱いて」
「ああ? 普通に並んだやつ撮れば良いだろうが」
「何言ってるの? 特別に撮るんだからそれくらいしないと。こっちだって慈善事業じゃないんだからね」
「この撮影にだって協力してやっただろうが!!」
「それはそれ、これはこれ。それにその件は、アレン君とラビの入浴写真を撮らないことの交換条件だったでしょう?」
「え、そうなんですか?」
だから、こんなイベントに珍しく参加したのか。
ずっと疑問だったことが解決し、アレンの表情は一気に明るくなった。
(だって、つまりは嫉妬してくれていたってことでしょう?)
「えへへっ、かーんだッ」
「ッ、何だよモヤシ」
「モヤシじゃありません、アレンです」
すっかりいつもの調子を取り戻したアレンの頭をグシャグシャと掻き乱し、神田はレンズへと視線を移した。
神田がアレンの腰を抱く、という指示だったが、アレンが神田の腰に腕を回しているのでもうどちらでも良いだろう。
「はーい、撮るよー」

3、
2、
1、

カシャンッ。
















因みにその後。

「コムイ!! てめぇ騙しやがったな……!!」
「だーかーらー、二連のカードでもアレン君とラビ、二人だけの写真が嫌だったんでしょ? だから君も含めて三連にしてみましたー」
「なんか視線感じると思ってたらやっぱりてめぇだったのか!!」
「って言うかいつ撮ったんですか、これ……」

なんてのも、有りじゃない?
やった者勝ち捏造設定でした。

07/09/18 canon





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